【338】2026/4/5 主日礼拝 『信じて、いのちを得る』 ヨハネの福音書<20:24~31> 斉田基牧師

 

31節
 これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるためであり、また信じて、イエスの名によっていのちを得るためである。

神様の願いは、私たちに、イエスの名によって、いのちを与えることです。
神様が、私たちに、いのちを与えるために、遣わされた救い主、イエス様を信じるなら、私たちはいのちを得ることができる・・・だからこそ、神様は、私たちに、イエス様を信じて欲しい。

「見なければ信じない」と言ったトマスにも、見てでもいいから、信じて欲しかったからこそ、イエス様は、トマスに、ご自分を見せてくださいました。

イエス様は、「見ないで信じる人は幸いです。」と言いながらも、見なければ信じることができない人には、見せてでも、信じて、いのちを得て欲しいと願われる神様です。
神様が、私たちに得て欲しいと願っておられる、いのちとは、どんないのちでしょうか。
Ⅰヨハネの手紙 5章10-12節
 神の御子を信じる者は、その証しを自分のうちに持っています。神を信じない者は、神を偽り者としています。神が御子について証しされた証言を信じていないからです。
 その証しとは、神が私たちに永遠のいのちを与えてくださったということ、そして、そのいのちが御子のうちにあるということです。
 御子を持つ者はいのちを持っており、神の御子を持たない者はいのちを持っていません。

神様は、永遠のいのちを、私たちに得て欲しい・・・永遠のいのちは、神の御子イエス様のうちにあるので、イエス様を信じて、受け入れる時、私たちは、永遠のいのちを持ちます。

永遠のいのちを持っているイエス様を、私たちが信じ、受け入れるなら、イエス様が私たちのうちに来てくださるので、イエス様を持つ私たちは、永遠のいのちを持つ。
・・・この永遠のいのちは、死に打ち勝った、復活のいのちです。・・・復活のいのちには、すべての死の状態を生き返らせる力があります・・・すべてのマイナスをプラスに変える力です。

ですから、イエス様を信じて、永遠のいのちを得た私たちは、ただ、死んだ後、天国に行けるようになるだけではありません。
イエス様を持つ私たちの人生に、イエス様の復活の力が働き始めます。復活の力が、マイナスをプラスに変え、復活の力が、死んだような状況を生き返らせ、私たちの人生を変えていきます。

一昨日、聖霊集会に、水口兄弟が来て、彼が体験した復活の力を証ししてくださいました。
水口兄弟は、松戸栄光教会で、約2年間、私たちと一緒に信仰生活をしました。今は、他の教会で信仰生活をされていますが、私を含め、以前の彼を知る人からすれば、彼が人前で、証しをすることは、彼の性格的に、有り得ないことでした。
しかし、イエス様に出会い、イエス様の復活の力を体験した彼は、もう、そのことを証しせずにはいられない・・・喜びがありました。
彼に、何があったのか・・・今の彼の教会で、「証しをしてくれませんか」と、彼は頼まれましたが、「しません。」と、即答しました。

しかし、彼の奥様が、「もう少し考えてみて・・・祈ってみて。」と言うので、
彼は、証しするかどうかは、ともかく、証しを書いてみようと思いました・・・そして、寝る前に、「神様、私が証しをするべきなら、教えてください。」と、祈りました。

すると、そのとき、「証ししなさい」・・・神様の声が聞こえました・・・生まれて初めて、聞いた声でしたが、彼には、それが神様の声だと分かったと言います

・・・実は、以前から、彼は、もし、神様の声を聞いたなら、必ず、従うと、決心していました。
それで、「証ししなさい」・・・という神様の声を聞いたとき、彼は、「はい。証しします。」と即答しました。

しかし、「証しします」と答えたものの、彼の性格的に、人前で話をすることはNGだったので、本当に、自分にできるだろうかと、心配でした。
しかし、神様は、彼の心配、彼の弱さ、すべてをご存じて、励ましてくださるお方でした。

その日から、証しする日までの、1週間、何故か、毎朝、早朝3時に目が覚め、幻を見せられました。自分が教会で証ししている幻でした。
それだけではありません。なぜか、彼の頭の中には、ずっと賛美が流れている・・・家にいても、職場に行っても、何をしていても、していなくても、彼のうちでは、神様への賛美がささげられ続けている。
そのように、一週間ぶっ通しで、不思議な体験をさせられましたが、いよいよ、証しする日が近づいて来たとき、彼には、まだ、人前で証しすることに対する、恐れがありました。
しかし、神様は、最後まで、彼を励まし続けてくださいました。

神様は、彼に、もう一度、はっきりと、「恐れるな。わたしがあなたとともにいる。」と語りかけてくださり、再び、幻を見せてくださいました。
しかし、今回の幻は、今までのように、彼が一人で証ししている幻ではなく、彼のうしろで彼を励まし、支えている聖霊様も一緒に見せてくださいました。

その幻を見せられたとき、彼は、「ああ、神様は、そこまで私に証しをして欲しいんだ」と、実感して、大きな励ましを受け、感動しました。

その時、聖書を開いて読んで見ると、なんと、彼が聞いた、神様の声と全く同じことばを見つけて、さらに、力づけられました。
それで、彼は、生まれて初めて、教会で証しをすることができました。
皆さん、彼は、今も生きておられ、彼に語りかけてくださるイエス様を体験しました。
彼の祈りに答えてくださるイエス様が、彼のうちに、復活の力を働かせ、かつての彼にはできなかったことを、できるようにしてくださいました。

彼うちに復活の力が働き始めたのは、彼が神のことばを聞いた・・・その時が始まりでした。
ヨハネの福音書 5章25節
まことに、まことに、あなたがたに言います。死人が神の子の声を聞く時が来ます。今がその時です。それを聞く者は生きます。

神の子イエス様の声を聞くなら、死人さえも生きる・・・イエス様の声、神のことばを聞く者には、死人を生かす復活の力が働きます。
水口兄弟が、「証ししなさい」という神様の声を聞いたときから、復活の力が、彼のうちに働き始めました。

神様の声を聞くなら、死んだような状況を生かす、復活の力が働く、神様の声を聞けば、人生が変わる・・・・しかし、どうすれば、神様の声を聞くことができるのでしょうか・・・水口兄弟の証しにも、神様の声を聞くためのヒントがありました。

彼は一つの決心をしていました。「もし、神様の声を聞いたなら、必ず、従う」という決心です。
・・・この決心が、神様の声を聞く耳を開きました・・・もし、私たちが、「主よ、あなたのみこころなら、どんなことでも従います」という、決心を持つなら、神様の声を聞く耳が、私たちにも開きます。
ヨハネの福音書 7章17節
だれでも神のみこころを行おうとするなら、その人には、この教えが神から出たものなのか、わたしが自分から語っているのかが分かります。

神のみこころを行おうとする人が、何かしらの、ことばを聞くとき、そのことばが、神から出た神のことばなのか、そうでないのかが、分かる・・・

皆さん、実は、私たちが気づいていないことがあるだけで、神様は、毎日、語りかけています。
私たちは、毎日、神様の声を、聞いてはいます・・・しかし、私たちのうちに、神のみこころに従う決心がない時、神様の声を聞いても、その声が、神様の声だと、気づかないだけです。

水口兄弟のように、神様の声に気づいて、神様の声として聞きさえすれば、復活の力が働きます。しかし、気づかずに、神様の声として聞かなければ、復活の力は働きません。

ですから、もうすでに、聞こえてはいる、神様の声に、気づくことが大切です。
神様の声に気づくためには、神様のみこころに従う決心を持つことです。

主よ、あなたのみこころに従います。どうか、私に分かるように教えてください・・・という心で、神のことばを聞くとき、復活の力が働き始めます。これが、ファーストステップです。
まずは、神のことばを聞いたなら、従いますという心で、神のことばを聞くこと・・・
そして、次に大切なことが、聞いた神のことばを、黙想することです。

皆さん、黙想するとは、ただ、神のことばを記憶することではありません。
黙想するとは、神のことば通りに生きている自分の姿を思い巡らすことです。

・・・現実の生活で、イエス様が私を強くしてくださり、神の力によって、みことば通りに生きている私の姿を思い巡らすこと・・・これが黙想です。

水口兄弟は、ある意味、神様の恵みによって、自動的に、黙想させられていました。
神様が「証ししなさい」と言われ、彼が「証しします」と答えた時、彼は、自分が証ししている幻を見せられました・・・この幻が、黙想です。この幻を見ることが、「証ししなさい」という神のことば通りに生きている自分の姿を思い巡らすのと同じです。

彼の後ろで、聖霊様が、彼を励まし、支えている幻を、彼は見せられました・・・すなわち、彼の力によってではなく、聖霊様の力によって、神のことばに生きている自分の姿を、黙想させられたのです。

それも、一週間ぶっ通しで、幻を見せられ続けた・・・すなわち、彼は、聖霊様の力によって、神のことばに生きる自分の姿を、黙想させられ続けました。
この黙想を通して、彼は、励ましを受け、神のことば通りに生きる、力を受けました。

皆さん、神のことば通りに生きる力は、神のことばを黙想するときに、与えられます。
ですから、私たちは、聖霊様の力によって、神のことば通りに生きている自分の姿を思い巡らしましょう。

皆さん、もし、聖書を読んだとき、神様に、こうしなさい、と言われた気がしたなら、
こうしなさいと言われた気がした、その神のことばを思い巡らしてください。

その神のことば通りに、自分が生きている姿・・・それも、聖霊様の助けを受けて、神のことばに従っている自分の姿を思い巡らしてください。

私を強くしてくださるイエス様の力、死んだような状況さえも、生き返らせる復活の力によって、神のことばに生きている自分の姿を思い巡らして、祈る・・・思い巡らして、祈る・・・思い巡らして、祈るとき、復活の力が働き始めます。

皆さん、イエス・キリストは、2千年前に十字架で死んでしまった人ではありません。イエス様は、よみがえられました。今も、私たちのうちに生きて働かれるお方です。
現実の生活で、私たちは、イエス様を体験することができます。

あなたの、今日と言う日に、イエス様をリアルに体験することができます。
今も生きておられるイエス様は、あなたに語りかけます。働きかけます。
今も生きておられるイエス様は、あなたの祈りに答えて、問題を解決してくださいます。

家庭の問題、健康の問題、経済の問題、どんな問題であったとしても、
神のことばに生きることを選ぶとき、あなたは、その問題に働いてくださる神様を体験します。

神様をリアルに体験する始まりは、神のことばを聞くことです。
聞いた神のことばに応答して、神のことばに生きることを選ぶとき、神様が生きて働かれるのを体験します。

神のことばは、問題や苦難のときには祈りなさいと語ります。
・・・聞いた神のことばに応答して祈るとき・・・祈りに答えてくださる神様を体験します。

神様は、祈りを聞いてくださるお方だという、神のことばを信じて祈るとき、
ああ、本当に、神様は、今も生きておられ、私の祈りに答えてくださるお方だと、体験します。

そのように、現実的に、マイナスをプラスに変える、神の力を体験することの始まりは、神のことばを聞くことです。
死のような状況を生き返らせる復活の力を、今日と言う日に、体験したいなら、その始まりは、聖書に書かれている、神のことばを信じて、イエスの名によっていのちを得ることです。
31節
 これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるためであり、また信じて、イエスの名によっていのちを得るためである。

皆さんの中で、今日、私も、神のことばを信じて、いのちを得たい・・・死のような状況を生き返らせる復活の力が、私にも必要です・・・と言う方は、今日、受け取ることができます。

神のことばを、素直に信じて、イエス様を自分の救い主として、受け入れてください・・・イエス様を信じ、受け入れることによって、あなたは、イエス様と一緒に、イエス様のうちにある永遠のいのち、復活の力を受け入れることができます。