【332】2026/2/22 主日礼拝 『神様との家族関係』 エペソ人への手紙<2:18~19> 斉田基牧師

 

18-19節
 このキリストを通して、私たち二つのものが、一つの御霊によって御父に近づくことができるのです。
 こういうわけで、あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、聖徒たちと同じ国の民であり、神の家族なのです。

イエス様を信じた私たちは、神様の子どもとされました。神様を、お父さんと呼ぶことができる、親子関係が与えられました・・・これが、キリスト教と呼ばれるものです。キリスト教は、宗教ではなく、神様との家族の関係です。

今までの人生で、家族と一緒に食事をしたことが一度もないという方はおられないと思います。
家族は、同じ家に住んで生活し、顔を合わせて、一緒に食事をするものです。家族は、一人が苦しむなら、みんなで一緒に苦しみ、一人が喜ぶなら、みんなで一緒に喜びます。

時にはケンカすることもあるでしょう。しかし、赦し合います。愛し合います。助け合います・・・そのように、家族と一緒に生活することが、最高の喜びとなるような素晴らしい関係を、神様は、私たちに願っておられます。

私たち以上に、神様が、私たちと素晴らしい家族の関係を持ちたいと願ってくださる・・・これが、キリスト教と呼ばれるものです。・・・ですから、キリスト教は宗教ではありません。神様は、私たちのことを、信徒と呼ぶのではなく、神の子どもと呼んでくださいます。

父なる神様は、「あなたはわたしの愛する子。わたしはあなたを喜ぶ」と語りかけてくださる。・・・ですから、私たちと神様との関係は、神様と信者という宗教的な関係ではありません。親子関係です。神様との家族の関係です。
黙示録 3章20節
 見よ、わたしは戸の外に立ってたたいている。だれでも、わたしの声を聞いて戸を開けるなら、わたしはその人のところに入って彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。

神様は、私たちと一緒に食事をしたいと願われます。本当に仲の良い家族が、顔を合わせて、笑顔で、一緒に食事をするような素晴らしい関係を、神様は願っておられます。

皆さん、もし、子どもが、「これからは、お父さん、お母さんとの関係を、宗教にします。」と言いい始めたら、どう思うでしょうか。

「これからは、お父さんお母さんの前には、食べ物をお供えしますが、一緒に食事することはしません。」と言い始めるなら、どう思いますか。

親が、わが子を愛おしく思って、抱きしめようとした時に、子どもが、「ちょっと待ってください。私は、汚れているので、まず、滝に打たれ、身をきよめてきます。」・・・そう言って、お風呂場に行って、シャワーに打たれる・・・そんな関係を親は願うでしょうか・・・これは、宗教です。
親が、子どもに求めるのは、宗教ではなく、愛し合う親子の関係です。

神様も同じです。神様は、私たちに、宗教ではなく、親子関係を願っておられます。愛し合い、信頼し合う、親子の関係です。
しかし、どうすれば、神様との親子の関係を持つことができるでしょうか。

神様は、目には見えないので、目に見えない神様と、一緒に食事をしたり、会話したり、神様と一緒に生活するためには、どうすればいいでしょうか・・・神のことばについて行くことです。

たとえば、親が子どもに、「明日は、休みだから、楽しいところに連れて行ってあげるよ。ついて来てね。」と言ったとします。
子どもが、親のことばを信じて、ついて行くなら、親が子どものために、サプライズで、用意していた、ディズニーランドに連れて行ったり、子どもが喜ぶところに連れて行ったりして、子どもは、親と一緒の時間を楽しむことができます。

しかし、子どもが、親のことばを聞いても、「どうせ、また、仕事になったりするでしょ。楽しいところと言っても、そこまで楽しくはないでしょ。」・・・そう言って、親のことばについて行かなければ、子どもは、親との関係を楽しむことはできません。

親のことばについて行くとき、子どもは、親との関係を楽しむことができます。
同じように、神のことばについて行くとき、私たちは、神様との親子関係を楽しむことができる。
神のことばを、天のお父さんが、子である私に語りかける、愛のことばとして、聞くことが、神様との親子関係の始まりです。
へブル人への手紙 4章12節
神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄を分けるまでに刺し貫き、心の思いやはかりごとを見分けることができます。

神のことばは生きていて、力があり・・・皆さん、神様は、私たちにとって、どういうお方だったでしょうか・・・お父さんです。
「おお、天地万物をお造りになった全知全能の神よ」 と言うのと、 「お父様」 と言うのでは、どっちの方が、近く感じますか。
それでは、「お父様」と言うのと、「お父ちゃん」と言うのでは、どちらが親しく感じますか。

神のことばは、お父ちゃんのことばです。天のお父ちゃんが、子である私を愛して語りかける、愛のことば・・・それが、この神のことばです。
私の神である、お父ちゃんのことばは、生きていて、力がある・・・
生きていて、力があるとは、そのことばについて行くなら、必ず、実現するということです。
ある兄弟は、天のお父ちゃんのことばで、すぐに引っ越すようにと、言われました。しかも、今の仕事をやめて引っ越すように、と、言われました。
正直、妻も子どもたちもいるのに、本当ですか、と、思いました。しかし、彼は、天のお父ちゃんのことばだから、とにかく、ついて行こうと決心して、妻に話しました。
すると、妻も・・・「神のことばについて行くなら、仕事をやめて、引っ越しても、生きて行くことができる力を、神様が与えてくだるから、私もついて行きます。」と、言いました。

それで、彼は、すぐに職場に電話をかけ、「やめます」と連絡しました。

神様は、この地域のこの辺に、引っ越しなさい。とまでは、示してはくださったのですが、それ以上は示してくださらなかったので、彼は、その地域のその場所で、物件を探し始めました。
・・・すると、一つの物件が売りに出されているのが、目に留まりました。その物件の住所の番地は、彼が、住んでいた住所の番地と全く同じ番地でした。しかも、その場所の地名が、妻の旧姓と同じでした。・・・彼は、この物件だと、確信しました。

しかし、問題は、お金でした。仕事はやめてしまったので、その物件を購入するためには、大きなお金が必要です。彼は、住んでいた家を売ることにしました。四年前に、ローンを組んで購入した家でした。
不動産に、いついつまでに、このぐらいで売りたいと言って、相談すると、「いやあ、その金額では難しいでしょう。このぐらいまで下げれば、すぐに見つかるかもしれません。でも、こういうのは、買い手次第ですから、長ければ数年かかるかもしれません。」と言われました。

その金額が、あまりにも低かったので、このままでは、仕事がない状態で、マイナスになってしまう・・・そう思ったとき、彼は、神のことばを思い出しました。
神様は、「すぐに引っ越しなさい」と言われた。・・・神様がそう言われたからには、神のことばについて行く私を、神様は、責任をもって、助けてくださる・・・神のことばを思い出したとき、信仰が湧き上がって、来ました。

それで、彼は、「そうですか。分かりました。他にも買いたい、という業者はいくらでもあるので、大丈夫です。」と言って、電話を切りました。
30 分後、同じ不動産から、電話が、かかって来ました。「見つけました。高値で買ってくれる買い手が見つかりました。」
その金額を聞いて驚きました。四年前に、彼が購入した金額よりも遥かに高い金額でした。実は、土地の値段が、4 年間の間に、一気に跳ね上がりました。・・・その金額で売るなら、マイナスどころか、プラスもプラスで、チャリティー活動に寄付できるほどでした。

それで、彼は、売ることに決めましたが、買い手が、確定測量をしなければ、買わないと言うので、確定測量をしようとしたところ、周りの家から反対されました・・・確定測量をするためには、土地が接している、すべての家の同意のサインが必要でした。・・・彼の家の土地は、かなり大きく、土地が接している家が11軒もあり、11軒中8軒が反対しました。
すでに引っ越し先の物件の購入の手続きは進めていましたが、確定測量ができなければ、売ることもできないので、彼には、その物件を買うお金がありません。
そのとき、彼は、どうしたでしょうか・・・反対している家を、一軒一軒、回って、交渉したりは、しませんでした。

この時も、彼は、神様のことばを思い出しました。
まず最初に、彼が引っ越そうと思ったのでありませんでした。神様が、すぐに引っ越しなさいと言われたので、彼は、神のことばについて行くことを選びました。
神様が、すぐに引っ越しなさいと言われた以上、神のことばには、力があるので、反対している8軒の家みんなを同意させる力もある・・・彼は、力ある神のことばを思い巡らしました。

しかし、さらに悪いことに、8軒の家が、文句を言い始めました。「なぜ、測量などするのか。そんなことをして、私の家の敷地が狭くなったら、どうするのか」・・・一人が言い始めると、みんな、そうだそうだと言って、近所付き合いが、どんどん悪くなりました。

その上、測量業者も、不動産も、「ああ、この状況では、今回は難しいかもしれません」と、言い始めました。・・・しかも、期日が迫っていたので、測量できてもできなくても、彼は、業者に100万円を払わなければなりませんでした。

そのように、否定的な言葉ばかりが聞こえて来ました。しかし、彼は、神のことばを思い巡らすことに、集中しました。そうしていなければ、否定的な言葉に打ちのめされて、神のことばに、ついて行くことができませんでした。
「神のことばは生きている、生きている、生きている。
神様が、すぐに引っ越しなさいと言われた。神のことばには、それを実現する力がある。
だから、みんな心を入れ替えて、同意して、この家は、高値で売れる。」
・・・否定的な言葉を聞く度に、彼は、神のことばを告白し、否定的な思いになる度に、神のことばを思い巡らして、祈りました。

「神様、あなたが、すぐに引っ越しなさい。と、言われたので、私は、必ず、引っ越すことができる。神のことばは生きていて、力があるので、私は必ず、引っ越すことができる。」
・・・そのように、神のことばを思い巡らし、思い巡らし、思い巡らして、祈りました。

すると、期限が数日後に迫ったとき、1 番、頑固に反対した人が、同意します。と言って、ハンコを押しました。すると、右に倣えで、8軒みんな、同意して、ハンコを押してくれました。・・・登記も、ぎりぎりで、間に合い、無事、売却することがでました。
そのようにして、彼が、神のことばについて行くことを選んだ結果、神のことばは実現し、彼は引っ越すことができました。

・・・仕事をやめた彼は、引っ越した先でも、収入はゼロでしたが、再び、神様のことばを聞きました。「ビジネスを始めなさい」・・・この時も、彼は、神のことばについて行くことを選びました。
しかし、ビジネスを始めることについて、何人かの専門家に聞いたところ、みんな、「それは難しいでしょう。だって、あなた素人でしょ。何の経験もないでしょ。」・・・専門家から聞くと、グラッと来るものです。・・・しかし、この時も、彼は、神のことばを思い巡らすことを選びました。神のことばから力を受けて、彼は、神のことばについて行きました。

その結果、神様が、1 人、また1人と、お客さんを連れて来てくださり、半年のうちに、以前の仕事以上に稼ぐようになりました。・・・パウロが天幕づくりをしながら、イエス様を伝えたように、彼は、働きながら、イエス様を伝えるようになりました。

皆さん、神のことばは生きていて、力があります。彼のように、神のことばについて行くとき、その力を体験します。・・・神のことばについて行くとき、天のお父さんと一緒に生活する、神様との親子関係を体験します。

大切なのは、神のことばを思い巡らすことです。神のことばについて行く力は、神のことばを思い巡らすことによって、与えられます。

この世界は、神のことばを否定する言葉に満ちています。
否定的な言葉を聞き続けても、心を失わずに、最後まで、神のことばについて行くためには、神の力が必要です。神の力は、神のことばを思い巡らすとき、与えられます。

約二年前、ある姉妹に、スキルス性胃がんが発見されました。他の胃がんと比べて、スキルス性胃がんの進行は速く、ほとんどの場合、発見した時には、すでに転移しています。
幸い、彼女には、転移は見られませんでしたが、それでも、大きなショックを受けました。

しかし、そんなとき、彼女は、神のことばを聞きました。
イエス・キリストの打ち傷によって、あなたは癒された。・・・神のことばを聞いたとき、彼女は、神のことばは必ず実現する、イエス様の打ち傷によって、私は癒された、と、確信しました。
それで、彼女は、神のことばについて行く決心をしました。

彼女は、治療を受けることをやめました。
医師は、治療を受けなければ、腸にもリンパにも転移すると言いました。
未信者の家族も、彼女を心配して、治療を受けて欲しいと言いました。

しかし、彼女は、神のことばについて行くことを選びました。
家族には、定期的に医者から検査を受けるからと言って、納得してもらいました。

検査を受ける度に、医者は 「治っていない。治療しないと治らない。これからどんどん悪くなって、症状が出てくる」と言います・・・その度に、彼女は、「私は神様の癒しを信じています。」と答えました。

否定的な医者の言葉や、彼女自身の体調によって、彼女は、何度も、ぐらつきました。しかし、ぐらつく度に、彼女は、神のことばを思い巡らしました。
神様が、私に語られた、神のことばは生きていて、力がある。私は、イエス様の打ち傷によって癒された。
そのように日々、神のことばを思い巡らしていた、ある日、彼女は、「完了した」と叫ばれた、神のことばを聞きました。
彼女は、神のことばを信仰によって受け入れました。私の癒しは、完了した。

現在、神様に癒された彼女は、毎日、「あなたはわたしの目には高価で尊い。アーメン。主イエスよ、私は、あなたの目に、高価で尊い・・・感謝します。」・・・そのように、彼女は毎日、神様を喜び、神のことばについて行く神様との親子関係を喜んでいます。

皆さん、大切なのは、神のことばを思い巡らすことです。
多くの場合、専門家の言葉、家族の言葉、あらゆる言葉が、神のことばについて行くことを邪魔するからです。どんな否定的な言葉を聞いても、神のことばを思い巡らすことによって、神の力を受け取るとき、私たちは、最後まで、神のことばについて行くことができます。

神のことばを思い巡らし、神の力を受けて、神のことばについて行く・・・そのように、神様と一緒に生活する私たちの生き方が、神様の素晴らしさを証しします。

しかし、皆さん、神のことばを聞くためには、一体、どんな凄いことをしなければならないのか、私にそれができるだろうかと、と、難しく考えないでください。
あなたではなく、神様が、神様のことばを、あなたに聞かせてくださいます。
あなた以上に、神様が、あなたに、神のことばを聞かせたいと願っておられます。
あなたに聞かせたい、と、願っておられる神様に信頼するとき、神様は、あなたに、神のことばを聞かせてくださいます。
ですから、神様に信頼して、神様との時間を持つことから始めましょう。

神様が、私に神のことばを聞かせてくださるための時間を、神様にささげることが必要です。

神様と二人っきりで、携帯にも、誰にも邪魔されない、環境を整えて、朝ごとに、神様との時間を持つために、時間をささげましょう。・・・そのとき、次のみことばが実現します。
イザヤ書 50章4節
神である主は、私に弟子の舌を与え、疲れた者をことばで励ますことを教え、朝ごとに私を呼び覚まし、私の耳を呼び覚まして、私が弟子として聞くようにされる。