【316】2025/10/2619 主日礼拝 『刈り取り』 ガラテヤ人への手紙<6:7-8> 斉田基牧師
今日は、収穫感謝主日です。すべての良い収穫を与えてくださった神様に感謝して、礼拝をささげる日です。
本来、収穫というものは、私たちに喜びをもたらすものです。
しかし、残念ながら、すべての収穫が、必ずしも喜びをもたらすとは限りません。
・・・なぜなら、収穫のすべてが、良いものとは限らない・・・事実、良い収穫を刈り取ることもあれば、悪い収穫を刈り取らなければならないこともあります。
7節
思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、刈り取りもすることになります。
「自分で蒔いた種は自分で刈り取る」という、ことわざを聞いたことがあるかもしれません。
自分がしたことの報いは、自分が受けることになると言う意味です。ですから、良いことをすれば、良い報いを受け、悪いことをすれば、悪い報いを受けることになります。
・・・それを聞いて、 「そうだったのか・・・そうであるなら、これからの私の人生は、この世においても、あの世においても、良い報いばかりだ。」と喜ぶ人は、見たことがありません。
皆さんは、どうでしょうか・・・「自分で蒔いた種は自分で刈り取る」 と聞いて、ハッピーな気分になるでしょうか・・・それとも、何だか不安になって来るでしょうか。
へブル人への手紙 9章27節
そして、人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている・・・
この世界には、目に見えるものだけではなく、目に見えないものが、確かに存在することを、皆さんも、知っているはずです。・・・たとえば、心です。皆さんは心を持っています。
・・・「いや、私には、心などありません。私には、体があるだけで、体の反応だけで行動し、生活しています。」 と、言う人は、いないと思います。
人には心があります。悲しいことがあると、心が痛みます。嫌なことがあれば、心は傷つきます。・・・目には見えなくても、心は確かに存在します。そして、同じように、たましいも存在します。
私たちのたましいは、たましいをお造りになった、神様を知っています。
神様が、私たちのたましいをお造りになったので、神様に造られた、私たちのたましいは、本能的に、神様を知っています。
また、私たちは、すべての人が、いつかは、必ず、死ぬことを知っています。なぜなら、人が死ぬことは、目で見て分かるからです。しかし、私たちのうちには目に見えないたましいがあります。たましいは、死んで終わりではないことを知っています。
実は、あなたのたましいも、死んだ後に、神様のさばきがあることを知っています。
へブル人への手紙 9章27節
そして、人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている・・・
人間である私たちは、一度死ぬことと、死後に、神のさばきを受けることを、本能的に知っているので、私たちは、本能的に死を恐れます。
皆さん、元気な時に、「いや、私は死など恐れない」と言っていた人が、不治の病いになるなど、死に直面したとき、どうなると思いますか。・・・想像できるでしょう。
私たちの、たましいは、死よりも、死後のさばきを恐れています。
神様の裁きを受けるとき・・・自分が蒔いた種を、刈り取らなければならない・・・だから、死にたくない。死が恐ろしい。・・・それで、自分に言い聞かせます。
死んだ後、どうなるかなんて、誰も知らないじゃないか・・・死んだら無になるだけだ・・・もしかすると、輪廻転生して、第二の人生があるかもしれない・・・いや、死のことなんて考えても、時間の無駄だから、もう考えないようにしよう。
そのように、考えないようにしようとしたところで、それで、死の恐れがなくなるわけではありません。・・・どんなに否定したとしても、あなたのたましいは、死後にさばきがあることを知っているので、死の恐れを完全に拭い去ることはできません。
しかし、死の恐れに対する完全な解決があります。その解決とは、神の愛です。あなたに対する神様の完全な愛です。
Ⅰヨハネの手紙 4章16-18節
私たちは自分たちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛のうちにとどまる人は神のうちにとどまり、神もその人のうちにとどまっておられます。
こうして、愛が私たちにあって全うされました。ですから、私たちはさばきの日に確信を持つことができます。この世において、私たちもキリストと同じようであるからです。
愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。恐れには罰が伴い、恐れる者は、愛において全きものとなっていないのです。
今、一番、大切な質問をしたいと思います。・・・あなたは、あなたに対する神様の愛を知っておられますか?あなたに対する神様の愛を信じておられますか?
自分に対する神様の愛を知るなら、恐れは消え去ります。
その恐れの原因は、罰です。罪に対する罰が恐れの原因です。
自分が蒔いた種は、自分が刈り取らなければならない・・・どんな罰を刈り取らなければならないのか、恐ろしいのです。
しかし、自分に対する神の愛を信じ、受け入れるとき、神様の愛が、私たちのうちから恐れを締め出します。あなたに対する神様の愛を信じて、受け入れると、神様が、私に罰を与えることなど、絶対にない・・・という確信が与えられます。
ですから、もう一度、皆さんに、お聞きします。あなたは、あなたに対する神様の愛を信じ、受け入れましたか?
神様の愛などいらない・・・神様なんか関係ない・・・そのように、神様を信じようとしないことが罪であると、聖書は教えます。
いわゆる犯罪だけが罪なのではありません。聖書が教える罪とは、神様を信じようとしないことです。神様を信じて、自分をお造りになった神様を認めないことが、罪です。
全世界を造り、私をもお造りになった神様を認めないで、私には神様など必要ない、関係ない・・・これが罪です。
神様は愛です。愛の神様は、私たち人間と愛し合うために、人間をお造りになりました。
しかし、神様を信じないで、自分に対する神様の愛を拒むこと、それが、罪です。
自分に対する神様の愛を拒んだ結果、私たち人間の愛は、どんどん壊れて行きました。
互いに愛し合いたいのに、逆に、傷つけ合う。
こちらが愛しても、相手に拒まれると、憎しみに変わる。
・・・親子の愛でさえ、どんどん冷えていき・・・ニグレクト、虐待・・・さらには、親が子を、子が親を殺すほどの憎しみが生まれる・・・なぜ、人間の愛は、ここまで壊れてしまったのでしょうか・・・自分に対する神の愛を拒んだ罪のせいです。
罪が、私たちを殺し、滅ぼします。
罪を犯した私たちは、神のさばきを受けて、滅びるしかありませんでした。・・・しかし、神様は、滅びて当然の私たちを愛し、救うために、神の御子イエス様を遣わしてくださった。
Ⅰヨハネの手紙 4章10節
私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、宥めのささげ物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。
私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛してくださいました。
たとえ、私たちは神を愛さなかったとしても、それでも、神様は、私たちを愛しています。
たとえ、あなたが神様を信じようとせず、拒んでいたとしても、それでも、神様はあなたを愛して、あなたを、罪から救うために、イエス様を遣わしてくださった。
イエス様は、罪のための宥めのささげ物です。宥めのささげものとは、身代わりのいけにえです。・・・すなわち、本当は、罪を犯した私が、死ななければならなかったのに、イエス様が私の代わりに、死んでくださった・・・イエス様の死によって、私の罪は赦された。これが宥めです。
ローマ人への手紙 4章25節
主イエスは、私たちの背きの罪のゆえに死に渡され、私たちが義と認められるために、よみがえられました。
イエス様が、私たちの罪の刈り取りをしてくださり、死んでくださった・・・イエス様のおかげで、私たちの罪は赦されました。
しかし、それだけではなく、イエス様が行った義の行いの刈り取りを、私たちに刈り取らせてくださった。・・・これが、恵みです。イエス様を信じるすべての人に、神様が与えてくださる恵みです。
本来は、私が蒔いた種は、私が刈り取らなければならなかった・・・しかし、私が蒔いたすべての悪い種を、イエス様が代わりに刈り取ってくださり、イエス様が蒔いた義の種を、私に刈り取らせてくださる・・・これが、イエス様を信じる私たちに、与えられる神様の恵みです。
この恵みのゆえに、すべての収穫は喜びと感謝でしかなくなります。だからこそ、今日も、私たちは、すべての収穫を、神様に感謝して、礼拝をささげているのです。
私たちの悪い収穫はすべてイエス様が刈り取ってくださるので、私たちは、良い収穫だけを刈り取らせてもらえる・・・もう感謝しかなくなるのです。
エペソ人への手紙 2章4-5節
しかし、あわれみ豊かな神は、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに、
背きの中に死んでいた私たちを、キリストとともに生かしてくださいました。あなたがたが救われたのは恵みによるのです。
神様が、あなたを救うために遣わしてくださった救い主イエス・キリストを信じるなら、あなたは救われます。これが恵みです。神様の恵みは、信じるだけで、受け取ることができる。
イエス様を信じるだけで、すべての罪は赦され、あなたは救われます。
ヨハネの福音書 3章16節
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
神は、実に、神のひとり子イエス・キリストをお与えになったほどに、あなたを愛されました。
それは、イエス・キリストを信じるあなたに永遠のいのちを与えるためです。
神様は、ひとり子イエス様を、あなたに与えました・・・それは、神様が、イエス様と同じ、神様の子どもとして、あなたを愛しているからです。
この、あなたに対する神様の愛を信じるなら、あなたは救われます。
あなたに対する神様の愛を受け入れるなら、あなたもイエス様と同じ神様の子どもです。
今日、イエス様を信じ受け入れるなら、今日、あなたは神様の子どもになります。
ヨハネの福音書 1章12節
しかし、この方(イエス・キリスト)を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとなる特権をお与えになった。
今日、イエス様を信じて、神様の子どもになりたいと願われる方は、共に祈りましょう。

