【287】2025/4/6 主日礼拝 『答えを受け取る祈り』 マタイの福音書<18:18~20> 斉田基牧師
今、教会は、20日の復活主日に向けて、断食の祈りをもって、大切な人たちの救いのために祈っています。
ただ闇雲に祈るのではなく、神様から、祈りの答えを、しっかりと受け取る祈りを、祈りましょう。・・・私たちの祈りを通して、神様が、この地上で働くことができる、祈りを祈りましょう。
18節
まことに、あなたがたに言います。何でもあなたがたが地上でつなぐことは天でもつながれ、何でもあなたがたが地上で解くことは天でも解かれます。
イエス様は、何でもあなたがたが地上でつなぐことは、天でもつながれると、言われました。
これを聞くと、「私たちが地上でつながなければ、天でもつながれない。私たちが地上で始めなければ、天でも始まらない。」・・・そのような印象を受けるかもしれません。
しかし、このみことばを、直訳すると、「何でもあなたがたが地上でつなぐことは、すでに、天でもつながれており、何でもあなたがたが地上で解くことは、すでに、天でも解かれています。」
すなわち、天において、神様が、すでに計画されたことを、この地上で、私たちが祈り求めるなら、神様は、私たちの祈りを用いて、神様の計画を実現させてくださるという意味です。
そのような意味で、神様は、ヨシュアに、次のように約束されました。
ヨシュア記 1章2-3節
「わたしのしもべモーセは死んだ。今、あなたとこの民はみな、立ってこのヨルダン川を渡り、わたしがイスラエルの子らに与えようとしている地に行け。
わたしがモーセに約束したとおり、あなたがたが足の裏で踏む場所はことごとく、すでにあなたがたに与えている。
ここで、神様は、ヨシュアに、与えようとしている地に行きなさい。その地は、もうすでに、ヨシュアたちに与えられた地だと言われたのです。
つまり、天において、神様は、ヨシュアたちに、その地を与えると決めていましたが、神様がお決めになったことを、ヨシュアたちが信じて、その地を受け取るか、拒むかは、ヨシュアたちに委ねられました。
ですから、もし、ヨシュアたちが、主の約束を信じて、主のみことば通りにその地を受け取ることもできれば、信じないで、その地を拒むこともできる。
同じように、神様は、もうすでに、私たちに与えるとお決めになった恵みを、一方的に私たちに押しつけるのではなく、その恵みを信じて、受け取るか、信じないで、拒むかを、私たちに委ねてくださいました。
皆さん、主は、私たちに、すべての祝福を与えると、お決めになりました。しかし、それを信じて、祝福を受け取るか、拒むかは、私たちが選びます。
ですから、神様のすべての祝福は、みことばを信じる信仰によって受け取ることができます。
大切なのは、信仰です。みことば通りに信じる信仰です。だからこそ、神様が、どんな祝福を与えてくださったのか、みことばによって知って、信じる必要があります。
使徒の働き 16章31節
二人は言った。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。
ヨハネの福音書 3章16節
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
天において、神様が、もうすでに決めておられることは、私たちも私たちの家族も救われることです。
神の御子イエス・キリストを信じるすべての人が、永遠のいのちの恵みを与えることは、神様が、お決めになった救いの恵みです。
しかし、天のおいて、神様がお決めになった救いの恵みを、地上において、私たちが、信仰によって、受け取る必要があります。
神様がお決めになった救いの計画を信じて、「主よ、私は主イエスを信じます。私も、私の家族も救われます。主よ、信じます。感謝します。どうか、私たちをお救いください。」
・・・そのように、みことばを信じる信仰によって、感謝をもって、祈るとき、神様は、私たちの祈りと一緒に働いてくださり、愛する人々を救ってくださるのです。
そのように、神様が、愛する人々に働くことができる祈りを、私たちは祈りましょう。
神様が私たちと一緒に働くために必要なのは、私たちが、みことばを聞いて悟ることです。私たちが、みことば通りに信じる信仰を持つことです。
私たちだけでなく、愛する人々をも救ってくださる神様の計画を信じる信仰によって、私たちが祈り求めるとき、神様は、私たちの祈りと一緒に働くことができます。
ですから、私たちが、みことばを悟ることによって、神様の計画を知ることが必要です。
神様が私たちのために立ててくださっている計画は素晴らしいです。素晴らしい神様の計画を知るなら、私たちも、喜んで神様の計画を信じて、受け入れることができる。
ですから、神様が私たちのために、どんなに素晴らしい計画を立ててくださっているのかを、祈りとみことばによって、神様から教えてもらいましょう。
エレミヤ書 29章11-13節
わたし自身、あなたがたのために立てている計画をよく知っている──主のことば──。それはわざわいではなく平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。
あなたがたがわたしに呼びかけ、来て、わたしに祈るなら、わたしはあなたがたに耳を傾ける。
あなたがたがわたしを捜し求めるとき、心を尽くしてわたしを求めるなら、わたしを見つける。
神様が私たちのために立ててくださった計画は、平安と希望の計画です。
私たちが神様を信じて、心を尽くして、神様を求めるなら、神様が、私たちに見つけられてくださる・・・すなわち、神様が出会ってくださり、どうすればいいのかを教えてくださる。
ある婦人は、家庭の問題で悩み、藁にもすがる気持ちで、教会に電話をかけました。
すると、「大丈夫です。神様がともにおられるから、大丈夫です。・・・聖書は、神様がおられ、神様は私たちを本当に愛して、良くしてくださることを教えています。一緒に聖書を読みましょう。」と言われました。
それで、彼女は、牧師夫婦と、聖書を読み、三回目の時に、イエス様を信じ、受け入れました。
・・・イエス様を信じ、受け入れた日から、彼女の人生は変わりました。
それまでは、自分が何とかしなければと思っていました。・・・夫の問題、借金の問題、子どもたちの将来など、すべてを抱え込んで、悩んでいました。
しかし、イエス様を信じ、受け入れたとき、ああ、イエス様が、何とかしてくださる、と、心から信じることができました。
そして、彼女は、日々、祈り、聖書を読む中で、イエス様が、「わたしはあなたも、あなたの家族も愛している。あなたにも、あなたの夫を愛して欲しい。わたしの言う通りにするなら、わたしがあなたを助ける。だから、あなたにも夫を愛して欲しい。」 ・・・そのように言われたように感じました。
それで、彼女から、夫を愛そうと努力し始めました。しかし、簡単ではありませんでした。・・・夫は毎晩のように、酔っ払って帰って来る・・・彼女がどんなに愛し、良くしても、一向に変わらない夫を見ると、ついつい小言を言ってしまう・・・そんな自分にがっかりさせられました。
・・・そんな、ある日、彼女が、聖書を読んでいると、「妻は夫の助け手として造られた」 というみことばが目に飛び込んで来ました。
その時、「夫には、あなたが必要なんだよ。子どもたちにも、あなたが必要なんだよ」と、イエス様が、明確に、彼女の心に語りかけてくださった・・・その声を聞いた瞬間、彼女は、自分の心が変えられたのを実感しました。
それまで、彼女は、私が愛さなければ、私が頑張らなければ、私が救わなければ・・・しかし、主の御声を聞いたとき、愛する心が与えられました。・・・心が変えられた彼女の言葉も、態度も変えられました。
そんな彼女の変化を目の当たりにしたからでしょう・・・しばらくすると、ご主人の方から、「教会に行きたい」と言いました。・・・そして、礼拝後、牧師は、初めて来られたご主人に、挨拶をし、「今日は、どうでしたか」聞くと、彼は答えました。・・・「私は、妻の信じている神様を信じます。」
その日、彼は、イエス様を信じ、受け入れました。その日から、彼の人生が変わり始め、お酒も飲まずに、早く帰って来るようになり、台所では奥さんのお手伝いをして、一緒にお皿を洗う・・・それを見て、幼い子どもたちは、お母さんに、「お父さん、変わったよね」と言いました。
皆さん、ご主人は、妻や人から何かを言われたから、変わったわけではありません。また、彼が自分で変わろうとして、変わったわけでもありません。
ただ、彼はイエス様を信じ、受け入れてから、自分からイエス様に祈り、聖書のみことばを読むようになり、イエス様が彼の人生を導いてくださったので、彼は、妻や子どもたちのことを考え、大切にするように、イエス様が変えてくださいました。
ですから、皆さん・・・もし、神様の計画を知りたいと願うなら、ます、イエス様を信じ、受け入れてください。
そして、毎日、自分から祈り、聖書のみことばを読み、イエス様から直接、教えてもらいながら、イエス様に人生を導いてもらうのです。
私たちは、今、愛する人々の救いを祈り求めています。
あなたが祈っているその人が救われることは、神様の計画です。
ですから、まず、感謝することを選びましょう。すべての人を救う神様の計画を信じて、その計画を実現するために、私たちの祈りを、神様が用いてくださることを感謝しながら、祈りましょう。
しかし、時には、現実を見ると、「本当に、この人は救われるだろうか。」・・・と、信じることが難しくなることがあるかもしれません。
「祈っても、救われないかもしれない、祈っても無駄かもしれない」 否定的な思いに襲われることがあるかもしれません。
だからこそ、神様と、神様の約束のみことばに信頼することを選びましょう。
へブル人への手紙 10章36節
あなたがたが神のみこころを行って、約束のものを手に入れるために必要なのは、忍耐です。
たとえ、その人がどんな人であったとしても、神様のみこころは、すべての人が悔い改めて、救われることです。
神様にとって、滅びていい人など一人もいません。神様は、諦めません。天において、神様は、その人が救われることを、もうすでにお決めになりました。
その人が、救われるために必要なことは、すべて、主が、十字架で成し遂げてくださいました。
その人の救いために主が成し遂げてくださった救いを、この地上において、私たちも信じて、主と心を一つにして、その人の救いを祈り求めるなら、主は、私たちの祈りと一緒に働くことができる。
ですから、私たちは、主がその人を救ってくださることを信じて、感謝しながら、祈り続けましょう。
皆さん、その人や現実だけを見るなら、「ああ、こうなってしまたら、もうダメだ。もう、こうなってしまったら、どうしようもない。」・・・諦めてしまいそうになるかもしれません。・・・だからこそ、不可能に思えるときこそ、不可能を可能にする神様を信じて、神様を求めて、祈ることを選びましょう。
私たちに必要なのは、みことば通りに神様を信じて、最後まで、祈り求める信仰の忍耐です。
天において、神様は、もうすでに、私たちも家族も、愛する人々を救うことを計画しておられます。
ですから、
「主よ、あなたの救いの計画を信じ、感謝します。
一人も滅びることなく、すべての人が主イエスを信じる信仰によって救われる、あなたの救いの計画を、感謝をもって受け取ります。どうか、私の祈りを用いてください。」
信仰と感謝をもって、祈りましょう。
そのように、最後まで、神様に信頼して、祈り求めることを選びましょう。
神様に信頼し、感謝をもって祈る皆さんの祈りと共に、主が働いてくださり、救いの恵みを愛する家族に、大切な人々に与えてくださることを、主イエスの御名によって、祝福します。

