【246】2024/6/23 主日礼拝 『みことばを心のただ中に保つ』 箴言<4:20~23> 斉田 基 牧師
先週、メッセージで、共に主を信じて、みことばを宣言し、祈る、従順のいけにえを、主にささげましょうと、分かち合いました。・・・主を愛し、主に従う心で、従順されたでしょうか。
そんなこと言われても、現実的には不可能だ、私には無理・・・そのように、現実や自分を見るのをやめて、主を見上げることを選ぶ、従順のいけにえ。
不可能な現実について考えるのではなく、主と主のみことばを思い、主のみことばを信じることを選んで、宣言し、祈り求める従順のいけにえ。
そのように、主を愛し、主に従って、みことばを宣言し、祈る・・・私の小さな愛の従順の積み重ねを、主が用いて、不可能の壁を打ち破り、問題の山を動かしてくださいました。・・・もし、そのような証があれば、ぜひ、分かち合っていただきたいと思います。
そのような、恵みの証を分かち合ってくださるなら、その証を、信仰をもって聞く人も、同じ恵みを神様から受け取るようになります。この教会が、証を通して、恵みが満ち溢れ、感謝が満ち溢れる教会となることを、主イエスの御名によって、祝福します。
今日、皆さんに覚えて欲しいことは、ただ一つです。それは、神様は、いつも、あなたと共におられること・・・全世界を造られた何でもできる神様が、いつも、あなたと共におられるということは、どんな状況にあったとしても、神様は、必ず、あなたを守り、助け、祝福してくださいます。
イザヤ書 41章10節
恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強くし、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。
皆さん、主は、世の終わりまで、いつも私たちと一緒にいてくださると、みことばで約束してくださいました。約束を破ることなどできない真実な神である主は、間違いなく、いつも私たちと共におられます・・・しかし、まるで、主が共におられないかのように、感じてしまうことがあるのは、なぜでしょうか・・・それは、主のみことばを、心にとどめていないからです。
恐れるな。わたしはあなたとともにいる・・・主のみことばを、心にとどめないで、・・・ああ、あのことが心配だ。このことが心配だ・・・ああ、あれが欲しい、これが欲しいなど、いろんな思いや考えで、心がいっぱいで、主のみことばが、心にとどめていないから、まるで、主がともにおられないかのように感じてしまう・・・ですから、みことばを、心にとどまらせることを、決心してください。
箴言 4章20-23節
わが子よ、注意して私のことばを聞け。私の言うことに耳を傾けよ。
それらを見失うな。自分の心のただ中に保て。
それらは、見出す者にとっていのちとなり、全身の癒やしとなるからだ。
何を見張るよりも、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれから湧く。
皆さん、みことばを聞いて、聞いたみことばを、自分の心のただ中に保つなら、そのみことばが、あなたの、いのちとなり、全身の癒しとなる、と、みことばは約束しています。・・・このみことばを信じますか。
信じることを選ぶとき、私たちは注意して、みことばを聞き始めます。そして、聞いたみことばを、心のただ中に保つために、みことばを思い巡らします。そうすれば、いのちを得、全身が癒され、そして、心のただ中に保ったみことばから、聖霊様のいのちの泉が、湧き出るようになります。
皆さん、病人は、医者に処方されたお薬を、忘れずに飲みます。病気を治したいからです。
病人も、医者が100%正しく、絶対に間違わないとは、信じていないでしょう。しかし、少なくとも、自分より、医者を信じることを選んで、医者の指示に従って、薬を飲みます。
病人が医者を信じることを選ぶなら、それ以上に、私たちは、神様を信じることを選びましょう。
病人が医者の指示に従って、朝昼晩、薬を飲むなら、それ以上に、私たちも、神様の指示に従って、昼も夜もみことばを口ずさみ、みことばを思い巡らしましょう。
私たちの神様は、100%信じるに値する真実な神様です。神様のみことばには、私たちの全身を癒し、聖霊様のいのちの泉を沸き上がらせる力があります。
神様のみことばには、私たちの人生を変える神様の力があります。
今週、私たちは、神様と、神様のみことばを信じることを選んで、みことばを心のただ中に保つことに、心を尽くしましょう。
ドミノピザの創業者トーマス・モナハンという方がいます。
彼が、4歳の時に、父がなくなり、6歳の時から、孤児院に預けられました。
小さい頃に、家族を失った彼は、自分には何もない、能力もない、自分は何をしてもダメだ、と、自分を蔑むようになりました。悲しい生い立ちに育ったので、彼が、そのようにそう思うのも、仕方がない・・・それが、この世の評価です。
まさに、彼は、仕方がない悲しみに囚われてしまいました。彼は、その孤児院で、問題児になり、「この子はダメだ。孤児院を卒業しても、社会に適応するができないだろう」と言われました。
卒業が近づくと、彼自身も不安になりました。周りからかけられる言葉は、「大丈夫なの?無理じゃない?」・・・そんな言葉ばかりだったので、彼が思うことも、そんな思いばかりになりました。
しかし、卒業する直前に、クリスチャンの先生が1つの言葉を彼に語りかけてくれました。
「いいかい。君はここを出る。現実は、真実ではない。神様が真実だ。神様は、あなたを見捨て ない。神様は、あなたを必ず見守っていてくださるから、ベスト尽くしなさい。」
その言葉が、彼の心に深く深く入りました。
何故か、分かりませんが、彼の心に、否定的な思い、考えがいっぱいになりそうなときも、いつも、その言葉が心に響きました。
その言葉のゆえに、何気なく入った小さなピザヤさんで、恐れながらも、勇気を出して、「僕を雇ってください」と言うことができました。
実際、彼は、「あ、孤児院で育った自分には、何の経歴も、伝手もない。どうせ無理だろう」と、何も言わずに、諦めようとしていました・・・しかし、そんな彼の心に、あの言葉が響きます。「そうだ。神様は見捨てない」・・・それで、「僕を雇ってください。」
そのピザ屋さんは、彼を雇いました。そして数ヶ月もしないうちに彼は器用にピザを作るようになりました。そして、数年もしないうちに、なんと11秒で1枚の大きなピザを作る職人技を身につけました。そして、それを元に彼は新しく起業し、自分の会社を始めました。
もちろん、そこに行き着くまでも、その後も、多くの困難がありました。しかし、その度に、彼は、あの言葉を思い出しました。「神は私を見捨てない」・・・彼は、みことばの真実に立つことを選びました。彼は、難しい現実を見て諦めるよりも、みことばの真実を信じて、ベストを尽くすことを選んだのです。
その結果、彼は、どんどん成功し、十数年前までは、デトロイトの地域で、1番のお金持ちになり、夢だった。デトロイトタイガースのオーナーにもなりました。
しかし、彼は、晩年、CSルイスというクリスチャンの小説家の本を読んで、もう一度、自分の人生を見直しました。
それまでも、彼は、すでに、教会を援助したり、大学や老人ホームを作ったり、様々な慈善事業していましたが、ついに彼は、自分の持っているものすべてを売り払い、神様のために使ってもらうことを決心しました。
彼は、0になることを恐れませんでした。
なぜですか。0になったとしても、それはこの世の現実であって、真実ではない。真実は、神様を信じ、従うなら、神様は、決して、見捨てることなく、いつも満たしてくださる、祝福してくださる、彼は、みことばの真実を信じることを選んで、喜んですべてを売り払いました。
皆さん、彼の人生を変えたのは、「神様は見捨てない」・・・みことばの真実です。
彼は、そのみことばを、見失うことなく、心のただ中に保ちました。・・・そのように、彼が、心のただ中に保つことを選んだ、みことばから、いのちの泉が沸き上がり、彼の人生を変えただけではなく、彼を通して、多くの人々が祝福されました。
皆さん、みことばには力があります。あなたを癒し、あなたの人生を立て直し、あなたを通して、多くの人々を祝福する力が、みことばには、あります。そのみことばの力を受け取るか、どうかを、あなたが選ぶことができるのです。
みことばを心のただ中に保つことを選ぶなら、みことばの力を受け取ることができます。
現実は、あなたを見捨てるかもしれません。しかし、神様の真実は、決して、あなたを見捨てません。しかし、なぜか、私たちは、私たちを絶対に見捨てない、みことばの真実を心に抱くよりも、私たちを見捨てることもある現実のことばかりを、心に抱きます。
現実は、あなたを救うことはできません。しかし、真実な神様は、あなたを完全に救うことができます。しかし、何故か、私たちは、私たちを完全に救うことができる真実な神様よりも、私たちを救うことなどできない現実のことばかりを心に抱いてしまうのです。
あなたを救うことができない現実ではなく、あなたを救うだけではなく、あなたを通して、多くの人を救い、祝福してくださる真実な神様と、みことばの真実を心のただ中に保ってください。
Ⅰヨハネの手紙 4章10節
私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、宥めのささげ物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。
私たちが神様を愛したのではなく、神様が私たちを愛してくださいました。
どのぐらい愛されたのか・・・あなたを救うために、最愛のひとり息子イエス・キリストを与えるほど、神様は、あなたを愛しています。
あなたは、決して、神様に見捨てられることはありません。・・・神の御子イエス・キリストが、あなたの代わりに、見捨てられてくださったからです。
わが神、わが神、どうして、わたしをお見捨てになったのですか。
父よ、彼らを赦してください。彼らは自分で何をしているのか分からないのです。
イエス・キリストが、あなたのすべての罪を負って、あなたの代わりに見捨てられてくださったことのゆえに、あなたの罪は赦されました。
今や、あなたは、永遠に神様に愛される、神様の子どもです。キリスト・イエスにある神様の愛から、あなたを引き離すことができるものは、もはや、何もありません。
あなたを罪と死の滅びから救い出し、あなたを神様の子どもとするために、十字架で死んで、よみがえられたイエス・キリストだけが、あなたを救うことができる、唯一の救い主です。
イエス・キリストだけが、永遠の真実の愛で、あなたを愛し、完全に満たすことができる、唯一の救いの神です。
今日、イエス・キリストを信じることを選んで、心のただ中にお迎えしてください。
ヨハネの福音書 1章1節
初めにことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。
イエス・キリストは、みことばなる神様です。みことばを心のただ中に保つことは、イエス・キリストを心のただ中にお迎えすることです。
今週、私たちは、共に、主と、主のみことばを信じることを選んで、みことばを心のただ中に保つために、みことばを思い巡らし、口ずさむことに、心を尽くしましょう。
現実を見ると、心配、不安、思い煩い、いろいろな思いに縛られます。
しかし、みことばの真理は、私たちを自由にします。
現実を見る以上に、真理なるイエス・キリスト、すなわち、真理のみことばを見つめ、心のただ中に保つことを、心に決めてください。そのとき、私たちのその決心と共に、聖霊様が、私たちのうちに働きかけてくださり、私たちに、みことばの力を与えてくださいます。
あなたが、心のただ中に保つことを選んだ、主と主のみことばが、あなたを癒し、あなたの人生を祝福し、あなたを通して、多くの人々を救います。
今、この時間、主と主のみことばを、心のただ中に保ち続けることができるように、聖霊様の力を祈り求めましょう。

