【232】2024/3/17 主日礼拝 『天と地をつなぐ祈り』 マタイの福音書<18:18~20> 斉田 基 牧師
今、教会は、31日の復活主日に向けて、断食の祈りをもって、愛する人、大切な人の救いを祈り求めています。
皆さん、せっかく、祈るなら、神様が答えてくださる祈り・・・神様がその祈りに答えて、働くことができる祈りを祈りたいと思いませんか。
18節
まことに、あなたがたに言います。何でもあなたがたが地上でつなぐことは天でもつながれ、何でもあなたがたが地上で解くことは天でも解かれます。
主イエスは、何でもあなたがたが地上でつなぐことは、天でもつながれると、言われましたが、これを聞くと、「私たちが地上でつながなければ、天でもつながれない。私たちが地上で始めなければ、天でも始まらない。」・・・そのような印象を受けるかもしれません。
しかし、実際は、逆の意味で、このみことばは、語られています。
このみことばを直訳すると、「何でもあなたがたが地上でつなぐことは、すでに、天でもつながれており、何でもあなたがたが地上で解くことは、すでに、天でも解かれています。」
つまり、天において、すでに実現していることを、この地上で、私たちが祈り求めるなら、それが、この地上においても実現するという意味です。同じ意味で、神様は、ヨシュアに、このように約束されました。
ヨシュア記 1章2-3節
「わたしのしもべモーセは死んだ。今、あなたとこの民はみな、立ってこのヨルダン川を渡り、わたしがイスラエルの子らに与えようとしている地に行け。
わたしがモーセに約束したとおり、あなたがたが足の裏で踏む場所はことごとく、すでにあなたがたに与えている。
ここで、神様は、ヨシュアに、与えようとしている地に行きなさい。と言われ、そして、その与えようとしている地とは、もうすでに、ヨシュアたちに、与えている地だと約束されました。
つまり、天において、神様は、もうすでに、その地を与えることを決定している。しかし、天において、神様が与えると決めた地を、実際に、地上において、ヨシュアたちが受け入れるか、拒むかは、ヨシュアたちに委ねてくださった。
神様は、もうすでに、与えると決めた、ご自分の決定を、一方的に押しつけるのではなく、それを受け入れるか、拒むかを選ぶ自由を、ヨシュアたちに与えてくださった。
もし、あなたが、わたしの約束を信じ、わたしの言う通りに、その地に行くなら、あなたは、わたしが決めた通りにその地を勝ち取ることができる。しかし、あなたが、わたしを信ないで、わたしに従わないことを選ぶなら、あなたは、わたしとわたしの決定を、拒むことができる。
皆さん、同じように、今も、主は、主を信じる私たちに・・・「もうすでに、わたしはあなたを祝福すると決めた。しかし、その祝福を受け入れるか、拒むかは、あなたが選びなさい。」・・・言ってくださり、神様と神様の祝福を受け入れるか、拒むかを選ぶ、自由を与えてくださっています。
ですから、このことを覚えてください。天において、神様は、もうすでに、私たちを救うことを決定されました。みことばによって、神様は私たちに約束してくださいました。
主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。(使徒16:31)
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。(ヨハネ3:16)
天において、神様が、私たちのために、もうすでに決めておられることは、私たちも私たちの家族も救われることです。
神の御子イエス・キリストを信じる私たちが一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つことは、もうすでに、神様が、お決めになった、決定事項です。
しかし、天において、神様がお決めになった、救いの決定を、地上において、私たちが受け入れるか、拒むかを、選ぶ自由が、私たちに与えられています。
もし、私たちが、私たちを救う神様の計画を信じて、永遠のいのちの救いを祈り求めるなら、神様は、私たちの祈りと一緒に働いて、私たちが祈っている人々を、救ってくださいます。
皆さん、今、私たちは、復活主日に向けて、愛する人、大切な人の救いを祈り求めています。せっかく祈るなら、神様が、私たちの祈りと一緒に働くことができるように、祈りましょう。
天において、すでに神様がお決めになった救いの計画を、私たちが信じて、信仰によって、祈り求めるなら、神様は、私たちの祈りと一緒に働いて、愛する人、大切な人を救ってくださいます。
大切なことは、まず、神様の計画を悟ることです。天において神様が、すでにお決めになった神様の計画を、私たちも知る必要があります。どうすれば、それを知ることができるでしょうか。
祈りとみことばを通してです。聖書のみことばを通して、必ず、神様が、神様の計画を、私に教えてくださると、信じて、祈り求めながら、聖書のみことばを聞くとき、神様は、私たちに直接、神様の計画を教えてくださいます。
ある牧師は、祈りの中で、ヨシュア記1:2-3節のみことばを通して、神様の計画を教えてもらいました。
彼が、礼拝堂で、ひざまずいて祈っていたとき、『あたがたが足の裏で踏む場所はことごとく、すでにあなたがたに与えている。』 という、みことばが心に与えられました。
それで、彼は、
「主よ、このみことばは、あなたからのものですか。あなたは、このみことばを通して、私に何を伝えようとされていますか。私に分かるように教えてください。」 と、祈り求めました。
すると、主は、彼に悟りを与えてくださいました。 彼は、
「ああ、主は、ヨシュアたちを遣わされたように、私たちをも、この地に遣わしてくださった。神様は、もうすでに、この地を、私たちに与えてくださっている。しかし、実際に、この地を勝ち取るためには、私たちが、神様を信じ、神様に従う必要がある。」・・・そのように、悟らされました。
それで、彼は、「主よ、具体的に、私たちは何をすべきですか。教えてください。」と祈り求めました。・・・すると、彼に、エリコの城壁が崩れる、ビジョンが与えられたので、彼は、この地域を祈りながら、歩き回ることを決心して、その日から、毎日、仕事を終えた後、30分間、その地域を、祈りながら、歩き回りました。
特に、子どもたちに福音を伝えたいという願いがあったので、近くにある小学校の周りを回りながら、「神様、どうか、教会に、子どもたちを送ってください」と、祈りました。
そのように祈り始めてから、神様は、子どもたちを、どんどん送ってくださるようになり、ついには、祈りながら歩き回っていた、近くの二つの小学校からだけではなく、遠くの小学校からも、子どもたちが来るようになり、教会の集会室が、子どもたちで溢れるようになったそうです。
皆さん、もし、神様の計画を知りたいと願うなら、彼のように、私たちも、祈りとみことばを通して、神様から直接、教えてもらうことができます。
そして、神様に教えられたとおりにするとき、神様は私たちと一緒に働いて、この地上に、神様の救いの計画を実現してくださることを信じ、感謝します。
皆さん、今、私たちは、愛する人、大切な人の救いを祈り求めています。あなたが祈っているその人が救われることは、神様の計画です。ですから、まず、感謝することを選びましょう。すべての人を救う神様の計画を感謝し、私たちを愛する神様のみこころを感謝することを選びましょう。
しかし、どうでしょうか。神様、この人を救ってくださいと祈っていても、現実を見るとき、
「本当に、この人は救われるだろうか。」・・・疑いに捕らわれ、素直に信じて、感謝することができなくなったり・・・「祈っても、どうせ救われない。祈っても時間の無駄だ」 否定的な思いに捕らわれ、神様がお決めになった救いを、拒んでしまいそうになることもあるでしょう。
ですから、このことを覚えてください。すべてのことには、神様の時があります。私たちは、神様の救いの計画が、いつ、どんな時に実現するのかを、知りません。
祈り始めて、すぐに救われる人もいれば、祈っても、祈っても、なかなか救われない人もいます。・・・死ぬ間際になって、やっとイエス様を信じて、救われる人もいます。
しかし、確なことは、神様のみこころは、すべての人が救われることです。ですから、あなたが祈っている、その人の救いは、神様の時に、必ず、実現することを信じてください。
私たちは、神様に信頼しなければなりません。神様が、神様の時に、愛する人を救ってくださることを信じて、忍耐をもって、最後まで、祈り求めることが必要です。
へブル10:36
あなたがたが神のみこころを行って、約束のものを手に入れるために必要なのは、忍耐です。
たとえ、その人がどんなに難しい人であったとしても、神様は、その人を救うことを、もうすでに決めておられることを信じて、祈り求めることを選ぶなら、神様は、私たちの祈りと一緒に働いて、その人を救ってくださることを信じて、感謝することを選んでください。
天において、神様がお決めになったことを、この地において実現してくださるまで、忍耐をもって祈り続けましょう。
たとえ、現実が、不可能に見えたとしても、不可能を可能にする神様を信じて、諦めずに、祈り求め続けましょう。
そのように、忍耐をもって祈り続ける私たちに、神様は、神様の計画を実現するための、神様の方法を、教えてくださいます。
神様の計画は、私たちの思うような方法ではなく、神様の方法で実現します。
しかし、私たちは、神様の計画が、私たちの思っている方法で実現するように考えているから、「こうなってしまたら、もうダメだ。」と思ってしまうのです。
・・・「きっと、こうなったら、こうなるだろう。」と、自分が思う方法で、神様の計画を考えるなら、神様の計画は実現不可能にしか思えなくなります。
・・・ですから、どうすれば、そんなことができるのか、その方法を考える前に、まず、神様を信じることを選んでください。自分の神様が、何でもできる全能の神様であること信じることを選んでください。
「ああ、もう、こうなってしまったら、どうしようもない。もう無理だ。」・・・そのように、不可能な状況に陥った時こそ、
「この不可能さえも、可能にする神様を信じることを、私は選ぶ。主よ、どうか、あなたの計画を実現してください。主よ、あなたの計画のために、私を用いてください。」
そのように、神様を信じて、祈り求めるなら、神様は、私たちに、神様の方法を教えてくださいます。・・・そして、神様が教えてくださった方法に、私たちが従うとき、神様は、私たちと一緒に働いて、神様の計画を実現してくださることを信じ、感謝します。
ある牧師は、神学校を卒業して、最初に任された働きが、老人ホームのチャプレンのような働きでした。・・・その働きの現場は、彼が思い描いていた働きとは、あまりにも違っていました。
彼は、思うように働くことができず、どうすれば良いのかすら、分かりませんでした。
それで、彼は、「主よ、私はどうしたらよいでしょうか。」と、神様の導きを求めて、祈っていました。・・・そんな彼に、神様は、みことばを通して、感動を与えてくださいました。
使徒の働き18章9-10節
ある夜、主は幻によってパウロに言われた。「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。
わたしがあなたとともにいるので、あなたを襲って危害を加える者はいない。この町には、わたしの民がたくさんいるのだから。」
みことばを通して、心に感動が与えられた彼は、「今、神様は、このみことばを通して、私に何かを教えてくださろうとしている」 そう感じて、 「主よ、私に分かるように、教えてください。」と祈り求めながら、聖書の註解書を、読みあさりました。
その中で、榎本先生の註解が、彼の心に響きました。
私たちは、全ての人を、キリストが、ご自分の血を流してまで、贖い取られた尊い人である、という目で、見なければならない。その時、この人も、神の民であると考えることができる。
それを読んで、彼は、「ああ、この老人たち、一人一人は、主がいのちを捨てるほどに尊い人たちだ。主は、いのちを捨てるほど、愛している、この人たちに仕える尊い働きを、私に任せてくださった。」と、心から実感し、神様に感謝しました。
それで、彼は、その老人ホームで、福音を伝えることができるように、施設の責任者と交渉しました。その結果、入居者が着替えた後、水分補給のために広間に集まる、30分間の休憩のときに、福音を伝える許可を得ることができました。
広間は、排泄物の強い臭いで、息が苦しくなるほどの状況でしたが、彼は、熱心に聖書のみことばを語りました。しかし、熱心だったのは、彼だけで、聞いている人たちは、ある人は上の空、ある人は寝たふり、ある人は、本当に眠っていて・・・ちゃんと聞いてくれた人は、一人もいませんでした。
彼は、愕然として、神様に祈りました。
主よ、どうすればよいですか。あなたは、私に、「恐れないで、語り続けなさい。ここには、わたしの民がたくさんいる」と言われたのでは、なかったでしょうか。
その時、彼は、心に、「あなたの得意なことをやりなさい」と主から言われたように感じました。
それで、彼は、「私の得意なこと?ああ、一つあった。」・・・それは、昭和歌謡でした。老人たちも、よく知っている歌を歌うことでした。
それで、彼が歌を、歌い始めると、寝ていた老人たちも目を覚まし、喜んで耳を傾け、中には感動して泣き出す人もいました。それからというもの、彼らは、歌を聞いた後の聖書の話も聞くようになり、その結果、3年間で、29人の方が救われました。
皆さん、彼が、老人ホームで働き始めたとき、自分の思うように働けない現実に直面し、「主よ、どうしたらよいですか。」と祈り求めました。
すると、神様は、みことばを通して、彼に答えてくださいました。
「恐れないで、語り続けなさい。ここには、わたしの民がたくさんいる」
そこにいる一人一人は、神様にとって、いのちを与えるほど、愛おしく尊い存在であること、
そのように尊い人たちに、仕える働きを、神様は、私に任せてくださった、と、彼に悟らせてくださり、心から実感させてくださり、神様は、彼を、奮い立たせてくださいました。
そのように、神様は、私たちが祈り求めるとき、みことばを通して、神様の計画だけでなく、いのちを与えるほど私たちを愛してくださっている神様の思いをも示してくださり、私たちを励まし、奮い立たせてくださることを感謝します。
また、奮い立たたされた彼が、熱心に福音を伝えても、全く聞いてくれない現実に直面し、「主よ、どうすればいいですか」と、祈り求めたときにも、神様は、彼の祈りに答えて、「あなたの得意なことをやりなさい」と・・・神様の方法を示してくださいました。
そのように、私たちも、彼のように祈り求めるなら、神様は、神様の計画を実現するための、神様の方法をも、私たちに示してくださいます。
ですから、私たちは、神様に信頼して、諦めずに、最後まで祈り求めましょう。
私たちが祈っている、愛する人、大切な人の救いは、神様の計画です。
天において、神様は、もうすでに、彼らを救うことを決めておられます。
私たちが祈り求めるなら、神様は、私たちの祈りと一緒に働いて、彼らを救ってくださいます。
私たちに必要なのは、神様に信頼して、最後まで、祈り求める信仰の忍耐です。
神様に信頼して、諦めずに祈り求めるとき、神様は、神様の計画を実現するための神様の方法を、私たちに教えてくださいます。
ですから、今週、私たちは、神様に信頼して、愛する人、大切な人の救いを祈り求めましょう。
天において、神様は、もうすでに、彼らを救うことを決めておられます。しかし、この地上において、彼らを救う神様の決定を受け入れるか、拒むかを、私たちが選ばなければなりません。
主よ、あなたの決定を受け入れます。一人も滅びることなく、すべての人が主イエスを信じる信仰によって救われる、あなたの救いの計画を、私も信じ、従います。どうか、私を用いてください。
と、私たちは、神様に信頼して、最後まで、祈り求めることを選びましょう。
神様に信頼して、愛する人、大切な人の救いのために祈る、皆さんに、神様が、神様の方法を教えてくださり、神様の方法に従って、彼らの救いを勝ち取る恵みが、皆さんに豊かに与えられることを、主イエスの御名によって、祝福します。

