【309】2025/9/7 主日礼拝 『あらゆる祈りと願いによって』 エペソ人への手紙<6:18> 斉田基牧師

 

イエス様を信じた私たちは、神様の子どもとされて、父なる神様と会話する特別な権利が与えられます。・・・それが祈りです・・・お祈りは、神様と直接、会話する特別な権利です。お祈りさせていただけること、神様と会話させていただけること自体が、物凄く光栄で、特別な権利です。

たとえば、総理大臣、大統領などの、国を治めるトップの指導者と、話したいときに、いつでも、会話することができる特別な権利というなら・・・いや別に、総理大臣と会話できても・・・と言う人もいるかもしれませんが、もし、その総理大臣が、自分の親であったなら、どうでしょうか。

自分の親が、国を動かす力を持っていて、私がお願いすると、それが本当に良い願いなら、必ず、叶えてくれる・・・そんな親と、話したいときに、いつでも会話することができる特別な権利・・・ そのように、お祈りは、何でもできる力ある神様と、話したいときに、いつでも会話することができる、特別な権利です。

私を救うために、神様にとって一番大切なひとり息子イエス様を与えたほどに、私を愛してくださった神様と、会話する権利・・・それが、本当に良いものなら、どんな犠牲を払ってでも、私に与えてくださる神様に、いつでも、良いものを求めることができる権利です。

イエス様を信じた私たちは、今や、イエス様と同じ神様の子どもとされました。
ですから、私たちは、話したいときに、いつでも、神様と会話できる特別な恵みを、すでに持っています。それが祈りの恵みです。
しかし、多くの人は、この祈りの恵み・・・神様と会話する祈り方が分からなくて・・・ああ、祈っているけど、神様は、本当に、私の祈りを聞いてくださっているのだろうか・・・そのように、空気に向かって、独り言を言っているように感じてしまうのです。
ですから、今日は、聖書から、祈りとは何かを見ていきます。
18節
 あらゆる祈りと願いによって、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのために、目を覚ましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くして祈りなさい。

あらゆる祈りと、願いによって祈りなさい・・・すなわち、祈りは一つではない。祈りには、種類がある・・・大きく分けて、祈りと願いという種類があります。

今日は、特に、願いの祈りを見ていきます・・・願いの祈りとは、「神様は、必ず、この願いを叶えてくださる」という、確かな証拠をもって、お願いする祈りです。

・・・ですから、子どもが、ただ自分が欲しいものを、「ちょうだい。ちょうだい。」と、お願いするような、求め方ではありません。・・・こうこうこういう理由があるので、神様、こうしてください。確かな理由、確かな事実に基づいて、願い求める祈りです。

最近、早朝祈祷会で、ヨブ記のみことばを分かち合っています。ヨブ記の最初には、天国で、神様の前で、サタンが願い求め、神様がサタンの願いに許可を与えるシーンがあります。
その様子は、裁判に似ています。神様が裁判官で、サタンは検察官のように、ヨブを訴えます。

皆さん、裁判において、物を言うのは、証拠です。確かな事実に基づいた証拠です。
サタンは、嘘をついても、神様を騙すことはできないことを知っているので、サタンが私たちを訴えるときには、私たちが、実際に犯した罪の事実に基づいて訴えるのです。

「この人は、こんな罪を犯しました。証拠があります。ですから、その罪の罰として、この人には、この苦しみを与えることを許可してください。」・・・そのように、サタンが、事実に基づいて訴えると、神様は、正しい裁判官なので、事実に基づいたサタンの訴えに許可を与えなければなりません。

サタンの訴えであっても、それが事実に基づいているなら、神様は、許可を与えなければならない・・・それほど、事実による訴えは、強力です。
しかし、事実による訴えよりも、強力な訴えがあります。・・・真理による訴えです。
真理とは、イエス・キリストです。真理であるイエス様の行いは、真理です。真理であるイエス様のことばも真理です。

罪を犯してしまった、私たちの行いは、事実です。しかし、そんな私たちの罪を償うために、イエス様がしてくださった、イエス様の行いは、真理です。

真理は、事実を覆します。罪を犯した私たちが死ななければならなかった。地獄に落ちなければならなかった・・・それにもかかわらず、イエス様が私たちの代わりに、十字架で死んでくださり、地獄にまで下ってくださった・・・この真理によって、私たちのすべての罪は赦されました。

強盗、殺人、放火、その他、どんなに大きな罪を犯した事実があったとしても、そのすべての罪の罰を、イエス様が代わりに受けて、罪を完全に償ってくださった・・・真理であるイエス様が、私たちのすべての罪を赦し、私たちを神様の子どもとしてくださった・・・これが真理です。

私たちの行いは、事実です。しかし、イエス様の行いは真理です・・・ですから、私たちは、事実にではなく、真理に基づいて、神様に願い求める必要があります。
私の行いという、事実に基づいて、求めるなら、私の行いが良い時は、求めることができても、悪い時は、求めることができなくなります。

しかし、私のためにイエス様がしてくださった真理の行いは、永遠に変わりません。この真理に基づいて、求めるなら、いつでも、求めることができ、答えを受け取ることができます。

だからこそ、神様に願い求めて、祈るとき、大切なのは、真理に基づいて、願い求めることです・・・真理とは、イエス様ご自身であり、イエス様の行いであり、イエス様のみことばです。
ですから、真理である、みことばの約束に基づいて願い求めることが、答えを受ける秘訣です。
みことばの約束こそが、約束を必ず守る神様が、祈りに答えてくださる証拠です。
ですから、家族の救いを祈り求めるなら、
使徒 16章31節
「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」

主よ、あなたは、主イエスを信じるなら、私も私の家族も救われますと約束されました。主よ、私は、主イエスを信じました。主イエスを信じた、私も私の家族も救われます。・・・そのように、みことばの約束という証拠をもって、神様に願い求めます。

これが、聖書が教えている、願いの祈りです。
神様、あなたは、みことばで、こう約束してくださいました。どうか、約束通り、こうしてください。
そのように、真理のみことばという確かな証拠をもって、お願いする祈りです。

そう言われても、言葉だけで、説明されても、実際に、どう祈ればいい分からない・・・だからこそ、家の教会の交わりが大切です。
もうすでに、祈り方を知っている兄弟姉妹がいます。もうすでに、祈りによって、神様と会話する時間を、喜び楽しんでいる兄弟姉妹がいます。
もうすでに、願いの祈りによって、神様から、たくさんの答えを受け取っている兄弟姉妹がいます。・・・彼らと一緒に祈るとき、祈り方が分かってくるのです。
18節
 あらゆる祈りと願いによって、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのために、目を覚ましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くして祈りなさい。

あらゆる祈りと願いによって、どんなときにも御霊によって祈りなさい・・・つまり、あらゆる祈りも、あらゆる願いも、すべての祈りは、御霊によって祈ります。・・・すなわち、すべての祈りは、聖霊様に導かれて祈る必要があります。
・・・この御霊による祈りは、もうすでに聖霊様に導かれて祈っている兄弟姉妹と一緒に祈ることを通して、学ぶものです。

先月の修練会で、とりなしの祈りをもって、奉仕してくださるために、韓国から来られた姉妹も、今月のサマースクールで奉仕してくださるために来られた姉妹も、最初から、御霊に導かれて祈ることができたわけではありませんでした。
しかし、家の教会の交わりを通して、御霊に導かれて祈っている兄弟姉妹と一緒に、互いのためにとりなし祈ることを通して、聖霊のバプテスマを受け、聖霊に導かれて祈るようになりました。

皆さん、御霊によって祈ることも、神様から与えられる恵みです。もうすでに、その恵みを受けている兄弟姉妹と一緒に祈るとき、私たちも、御霊によって祈る恵みを受けるのです。
その兄弟姉妹が聖霊様に導かれて祈るとき、彼らのうち側から、祈りの恵みが溢れ流れ出るので、彼らと一緒に祈るとき、一緒に祈る、私たちも恵みを受けるのです。

だからこそ、聖霊様に導かれて祈る兄弟姉妹が二人でも三人でも、定期的に集まる家の教会で、一緒に祈るとき、その祈りは、本当に、よく聞かれます。祈りが、よく聞かれるので、救われる人が、どんどん起こされ、新しい家の教会が生まれます。
マタイの福音書 18章19節
まことに、もう一度あなたがたに言います。あなたがたのうちの二人が、どんなことでも地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父はそれをかなえてくださいます。

聖霊様に導かれて祈る二人の人が一緒に祈るなら、神様はその祈りに答えてくださいます。なぜなら、聖霊様が導かれるところは、分裂ではなく、主にある一致です。
二人の人が聖霊様に導かれて、一緒に祈るとき、聖霊様が、二人の心を、主にあって、一つにしてくださるので、その祈りは、答えられます。

ある夫婦は、聖霊様に導かれて、日々、互いのために、また、子どもたちのために祈りました。すると、子どもたちが、聖霊のバプテスマを受けました。
朝起きると、パパ、会いたかったよ。ママ、会いたかったよ。一緒にディボーションをしよう。
そのように、喜んで、父母に従う従順な子どもたちに成長していきました。

あるとき、幼かった長男が、パパの目のために祈ると、近視が癒され、メガネが必要なくなりました。・・・それから、その息子は、友だちや、道端で会った人などの、ゲガや病気の癒しのために祈ったり、イエス様を伝えたりして、たましいを救いに導くようになりました。

皆さん、祈りで、育てられる子どもは、本当に幸いです。これは、血のつながった子どものことだけではなく、イエス様を信じて、新しく生まれた、神様の子どもも同じです。
神様の子どもは、神様の家族の祈りに、守られ、成長していきます。
18節
 あらゆる祈りと願いによって、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのために、目を覚ましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くして祈りなさい。

すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くして祈りなさい。
すべての聖徒のために・・・つまり、自分のため、というよりは、互いのために、祈り合うために、忍耐の限りを尽くすことが、必要な時が来る、ということです。

兄弟のために祈ろうとしたら、眠くなる・・・姉妹のために祈ろうとしたら、電話が鳴る、メールやラインが来る・・・それは、偶然ではありません。背後で働く、敵の攻撃です。
もし、そこで、その人のために祈ることをやめるなら、敵の攻撃は成功したことになります。

ですから、このことを覚えてください。誰かのために祈ろうとしたその時に、何か妨害があるなら、それは、それは、あなたが、その人のために祈ることを、敵は恐れています・・・すなわち、もし、あなたが、その妨害を乗り越えて、その人のために祈るなら、その人は、大きな恵みを受け、成長します。
ですから、皆さん、私たちは、互いのために、とりなし祈り合いましょう。
とりなしの祈りは、とりなす相手の成長のために、愛をもって仕える奉仕です。
ですから、ただ何となく、その人のために祈るというのではなく、信仰をもって、その人のために祈ります。
「神様は、私の、この祈りを用いて、その人を成長させてくださる」・・・この信仰と、忍耐をもって、祈るのです。・・・祈りが邪魔されるときこそ、その人を愛することに集中して、祈ることを選ぶのです。

互いのために、とりなし祈るために、兄弟姉妹の具体的な祈祷課題をノートに書いてください。
書かなければ、忘れてしまい、祈ることができなくなってしまうことが多いです。
そして、毎日、とりなし祈るための時間を持ってください。

毎日、聖書を読んだり、祈ったりして主との時間を持つときに、その終わりの時にでも、兄弟姉妹のためにとりなす時間を持ってください。
その時間は、祈りによって、キリストのからだである教会に、愛をもって、仕える時間です。
この祈りを、愛をもって仕える奉仕として、ささげます・・・この信仰をもって、兄弟姉妹のために、とりなし祈ってください。

兄弟姉妹のために、とりなして祈るときには、願いの祈りを祈ってください。
みことばを宣言して、
神様、あなたは、みことばで約束してくださいました。どうか、約束通り、こうしてください。
そのように、具体的に祈り求めてください。

たとえば、主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも、あなたの家族も救われる、と言うみことばの約束は、
家族と一括りにして祈るよりは、
名前を上げて、主イエスを信じた私、斉田基も、その家族、リサも、ジュリも、シオンも、ルカも、お父さんも、救われます。
そのように、具体的に、祈っていくとき、聖霊様の導きを体験していきます。

皆さん、そのように、私たちが、日々、聖霊様に導かれて、互いのために、とりなし祈るなら、神様は、私たちの祈りを用いて、どれほどのことをしてくださるでしょうか。・・・期待しましょう。
神様に信頼して、期待することが大切です。

神様は、良いお方です。神様は、私たちの願うところ、思うところを遥かに越えて、私たちに良くしてくださる、良いお方です。
本当に良いお方である神様に信頼して、期待して祈りましょう。