【283】2025/3/9 主日礼拝 『主のビジョン』 マタイの福音書<28:16~20> 斉田基牧師
教会のかしらは、イエス・キリストです。かしらであるイエス様のビジョンが、教会のビジョンです。・・・私たちは、イエス様と同じビジョン、同じ目的を持つ必要があります。
18節-20節
イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても地においても、すべての権威が与えられています。
ですから、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。父、子、聖霊の名において彼らにバプテスマを授け、
わたしがあなたがたに命じておいた、すべてのことを守るように教えなさい。見よ。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます。」
あらゆる国の人々をイエス様の弟子とすることが、イエス様のビジョンです。しかし、このビジョンが実現するなら、どんなに凄まじいことが起こるのかは、イメージすることが難しいかもしれません。
・・・一人の人が、イエス様の弟子になる、それは、その人が、イエス様のように生きる人に変えられることを意味します。
イエス様のビジョンを実現するための権威を、弟子たちに与えた後に、イエス様は、弟子たちを遣わしました。つまり、イエス様が、弟子たちに権威を与えた目的は、弟子たちが、人々を弟子とすることです。
ですから、この権威は、人々をイエス様の弟子とするための権威です。言い換えるなら、人々を、みことばを守り行えるようにする、力です。
つまり、この権威、この力を、イエス様から権威を受けないまま、みことばを守り行うように教えても、人々はみことばを守り行うことができず、イエス様の弟子になることもできません。
当時、多くのユダヤ人は、聖書のみことばを守り行うように、教えられ続けました。それこそ、聖書のみことばを丸暗記するほど教えられていました。・・・しかし、そこまで教えられ続けたにもかかわらず、イエス様の弟子となったユダヤ人は、いませんでした。
ただ、イエス様について行き、イエス様の口から、聖書のみことばを教えられ続けた人たちが、イエス様の弟子となって、イエス様のように生きるよう人に変えられました。
ヨハネの福音書 8章31-32節
イエスは、ご自分を信じたユダヤ人たちに言われた。「あなたがたは、わたしのことばにとどまるなら、本当にわたしの弟子です。
あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」
イエス様は、聖書のことばにとどまるならと言われたのではなく、わたしのことば、すなわち、律法学者やパリサイ人が教えた聖書の言葉ではなく、自分で学んだ聖書の言葉でもなく、イエス様が教えた聖書のことばにとどまるなら、あなたがたは、本当にわたしの弟子となると言われました。
権威と力をを持つイエス様から、聖書を教えてもらうとき、私たちは、真理を知るようなり、そして、真理が私たちを自由にし、私たちは、本当にイエス様の弟子になります。
取税人のかしらザアカイが、まさにそうでした。ザアカイは、お金に捕らわれていました。お金がいのちでした。しかし、イエス様によって、お金から自由にされたザアカイは、財産の半分を貧しい人に施し、騙し取った人には四倍にして返し、財産のほとんどをささげました。
ザアカイは、聖書の勉強をすることによって、自分の生き方を変えたわけではありません。
神のことばそのものであるイエス様、神のことば通りに生きているイエス様と出会い、権威あるイエス様と交わることを通して、ザアカイは変えられました。
人をイエス様の弟子にするのは、イエス様の権威です。
この権威がなければ、人を弟子とすることができないので、イエス様は、「行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。」と言う前に、まず、「わたしには天においても、地においても、すべての権威が与えられている。ですから、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい」と命じられました。
そのように、イエス様から、権威を与えられた弟子たちが、福音を宣べ伝え、イエス様が命じられたすべてのみことばを守るように教えたとき、教えられた人々も、イエス様の弟子となり、イエス様のように生きる人に変えられました。
16節
さて、十一人の弟子たちはガリラヤに行き、イエスが指示された山に登った。
イエス様が、最初に、権威を与えられたのは、十一人の弟子たちでした。
先ほど読んだ聖書箇所で、イエス様は、ユダヤ人たちに、「あなたがたは、わたしのことばにとどまるなら、本当にわたしの弟子です。あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」と言われましたが、
この十一人の弟子たちは、いつも、イエス様のことばに、とどまり続けた弟子たちでした。
イエス様のみことば、すなわち、真理のみことばを知って、真理のみことばの力によって、自由にされるということを、最も体験し続けた弟子たち、それが、この十一人の弟子たちでした。すなわち、真理のみことばに生きるということを、最も体験し続けた弟子たちでした。
そのように、主のみことばに生きた弟子たちに、イエス様は、まず、最初に、権威を与えて、遣わしました。
ですから、イエス様のビジョンは、まず、私たちを日々の生活の中で、イエス様について行き、イエス様と交わることを通して、イエス様のように生きる弟子とすることです。そして、イエス様の弟子として変えられた私たちを、それぞれの場所に遣わすことです。
イエス様のビジョンは、週に一回、教会に来て礼拝をささげる人を増やすことではなく、月曜日から土曜日まで、それぞれの家庭で、職場で、学校で、イエス様のように生きる弟子たちとして、毎週の主日ごとに、私たちを、イエス様の弟子として、遣わすことです。
イエス様の弟子が遣わされるなら、遣わされた場所に大きな影響を与えます。
たとえば、メジャーリーグの大谷翔平選手は、ドジャースに入って、優勝に大きな貢献をしました。一人の有力なプレイヤーが入るだけで、チーム全体に大きな影響を与えました。
そうであるなら、一人の人が、イエス様の弟子となって、イエス様のように家族を愛し、仕えるようになるなら、その家庭に、どれほど大きな影響を与えるでしょうか。
サラリーマンが、イエス様のように職場で働くようになったら・・・学校の先生が、イエス様の弟子になるなら・・・どれほど大きな影響を与えるでしょうか。
あるお母さんは、いじめを受けていた、小学生の息子のために、毎朝、祈りとみことばの時間をもち、みことばによって、息子を励ましました。
お母さんは、息子に、イエス様のように、赦し、愛することを教え、困っている人がいるなら、助けてあげることを教え、イエス様を伝えるために学校に行くことを、祈りと、みことばによって教え、励まし、毎朝、息子を、イエス様の弟子として、学校に遣わしました。
すると、その子をいじめていた子を始め、多くのクラスメイトが、イエス様を信じ、救われ、クラスが、とても仲良くなりました。・・・それを目の当たりにした、担任の先生は、お母さんのところに、来て、どうしたら、こんな子を育てることができるんですかと聞きました。
実は、ちょうど、そのころ、その先生は、子育てに悩んでいたからです。それで、お母さんは、先生に、福音を伝え、先生は、イエス様を信じて、救われました。
救われて間もなく、その先生が悩んでいた親子関係は回復し、家族も救われ、さらには、その話を聞いた先生の妹さんご家族も、「私たちも教会に行っていいですか」と・・・教会に通うようになり、救われました。
一人の人がイエス様の弟子となるとき、その人は遣わされた場所で、世の光、地の塩となって、その場所で、主のみこころを実現するために用いられます。
聖書を見ると、一人の人が、イエス様の弟子となることによって、どんなことが起こるのかを見ることができます。
使徒の働き 16章12-15節
そこからピリピに行った。この町はマケドニアのこの地方の主要な町で、植民都市であった。私たちはこの町に数日滞在した。
そして安息日に、私たちは町の門の外に出て、祈り場があると思われた川岸に行き、そこに腰を下ろして、集まって来た女たちに話をした。
リディアという名の女の人が聞いていた。ティアティラ市の紫布の商人で、神を敬う人であった。主は彼女の心を開いて、パウロの語ることに心を留めるようにされた。
そして、彼女とその家族の者たちがバプテスマを受けたとき、彼女は「私が主を信じる者だとお思いでしたら、私の家に来てお泊まりください」と懇願し、無理やり私たちにそうさせた。
これは、使徒パウロが、ピリピという町で、初めて、福音を伝えたときの出来事です。
使徒パウロは、イエス様から権威を受けて、あらゆる国の人々を弟子とする使命に忠実に生きていました。
ピリピという町で、パウロの伝道を通して、まず、最初に、一人の人、リディアが、イエス様の弟子になりました。すると、すぐに彼女だけではなく、彼女の家族もバプテスマを受けました。
すなわち、イエス様の弟子となったリディアが、どんなに変えられたかを、目の当たりにした家族は、自分たちも、イエス様の弟子になる決心をせずにはいられませんでした。
彼女は、「私が主を信じる者だとお思いでしたら、私の家に来てお泊まりください」と懇願し、無理やり私たちにそうさせた。・・・とあります。
出会って間もない、外国人の宣教師を、自分のうちに泊める・・・これは、家族の同意や協力がなければ、とても、できないことです。
リディアと、彼女の家族は、イエス様の弟子として一つになって、協力する、神様の家族になったということです。・・・そして、この家族から、家の教会、ピリピの教会が誕生しました。そして、このピリピの教会が、パウロの世界宣教の重要な拠点になりました。
ピリピ人への手紙 4章15-16節
ピリピの人たち。あなたがたも知っているとおり、福音を伝え始めたころ、私がマケドニアを出たときに、物をやり取りして私の働きに関わってくれた教会はあなたがただけで、ほかにはありませんでした。
テサロニケにいたときでさえ、あなたがたは私の必要のために、一度ならず二度までも物を送ってくれました。
このように、ピリピの教会は、パウロの世界宣教の重要な拠点となりました。しかし、これらのことの始まりは、一人の人、リディアがイエス様の弟子となることでした。
一人の人がイエス様の弟子になることから、家族が救われ、家の教会が生まれ、世界宣教の拠点になったのです。
ですから、一人の人が、本当に、イエス様の弟子となること、これが、イエス様のビジョンの始まりです。・・・そして、イエス様の弟子となった私たちが、家庭、職場、学校に、遣わされ続けることによって、イエス様のビジョンは進んで行きます。
イエス様の弟子となった私たちが、遣わされた場所で、イエス様のように人々を愛し、仕えることによって、その場所に、イエス様の愛で、互いに愛し合う神様の家族、神様の家庭をつくること、それが、イエス様のビジョンです。
多くの社会問題の根底には、家庭の問題があります。
夫婦関係が上手く行かない、親子関係が上手く行かない、そのような家庭の中で、最も多くの傷を受けやすいのは、立場の弱い、子どもたちです。・・・すると、子どもたちは、自分の心を満たすことができる場所を、どこか他の場所で探し始めます。・・・そのように、探し求めている中で、良い出会いに導かれることもあれば、悪い出会いによって、さらに傷つき、人をも傷つけるようになることもあります。
ですから、ある教会は、イエス様の弟子となって、神様の家庭をつくるというビジョンをもって、聖徒たちを、イエス様の弟子として、家庭に遣わし続けました。
すると、離婚の危機にあった家庭が回復し、離婚した家庭も回復し、どんどん家族が救われ、そして、家の教会が生まれて行きました。
そのような中で、主に示されて、子ども食堂を始めました。
しかし、子どもだけではなく、幼子から、お年寄りまで、すべての人が来ることができる家族食堂というビジョンを持っていました。
そのように、教会全体が、家族食堂というビジョンをもって続けた結果、次第に、赤ちゃんから、お年寄りまで、集まるようになりました。
ただ、食事を提供するのではなく、一緒に食事をして、会話をすることを大切にしました。
話を聞いていると、家族と一緒に食べたことがない子どもたちもいることが分かりました。
また、話をしていく中で、良い関係ができていきました。
勉強が遅れている子どもたちがいると、分かると、勉強を見て上げたり、外で遊んだり、オセロや将棋などして、遊んだり、その子たちは、何よりも、交わりと愛を求めていました。愛し合う家庭の回復を求めていました。
中には、40分、50分かけて、歩いて、教会に来る子もいました。
いつしか、スタッフが、「子ども食堂で作っているのと同じようなメニューを普段、ここのスタッフたちで集まって作って食べたりしているから、今度、来てみませんか」と誘うと、喜んで来るようになり、そこでイエス様を信じるようになっていきました。
そのうち、ご両親が海外の方で、住む場所がなくて、困っている子たちがいることが分かり、何とか助けようとして、借りる家を探しても、見つけることができない、保証会社が通らない。その子たちのために、家を借りることができない・・・それで、そのような子たちを里子として引き受ける・・・そのようにして、里親をするようになった家庭が、9家庭になりました。
そのようにして、里子として受け入れられ、家庭を知るようになった、子どもたちは、愛を知るようになり、また、信仰も、どんどん成長していきました。
そのような家の教会、すなわち、神様の家庭が増えて行くと、地域も変えられていきました。
子ども家庭相談課、子ども未来担当課、児童相談所などに信頼され、引っ切り無しに連絡が来るようになり、警察の生活安全課からも、手に負えない十代の子どもたちを頼まれ、引き受けた子たちが、どんどん変えられて行く・・・
そのように、イエス様の弟子たちが遣わされ続けることを通して、家庭が回復し、家の教会が増え、地域が変えられて行きました。
このビジョン、イエス様の弟子たちが遣わされることによって変えられて行く地域が、日本全国に増え、日本に、神の国がつくられるというビジョンをもって、今、岡野義喜先生とイエス様の弟子たちを通して、茨木、千葉、東京、北海道に家の教会が増え、今、新たに、広島、名古屋、神戸に家の教会が始まりつつあります。
私も、今、先生から、みことばを学んでいるところです。
まず、私自身が、本当にイエス様の弟子となり、遣わされた場所で、神様の家庭を回復していくことを学びながら、その恵みを、皆さんに分かち合うつもりです。
できれば、皆さんにも、義喜先生から、直接、みことばを聞いて欲しいと願うので、教会のグループラインの方にリンクを貼っておきます。
特に、今週は、特別に、明日の月曜日から金曜日まで、5日間、毎晩20:00~21:30で、ライブ配信をして、「神の国づくりのビジョン」について、みことばから分かち合ってくださるので、是非、聞いて見てください。
みことばを通して、主が、受け取って欲しいと願われる、主のビジョンを、一人一人が、受け取ることを、主イエスの御名によって、祝福します。

