【282】2025/3/2 主日礼拝 『愛する者を訓練される主』 へブル人への手紙<12:5~8> 斉田基牧師
イエス・キリストを信じて、自分の人生の主人としてイエス様を受け入れた人は、みな、神様の子どもです。
もし、私たちが神様の子どもであるなら、父なる神様は、私たちを必ず、訓練します。
5-6節
そして、あなたがたに向かって子どもたちに対するように語られた、この励ましのことばを忘れています。「わが子よ、主の訓練を軽んじてはならない。主に叱られて気落ちしてはならない。
主はその愛する者を訓練し、受け入れるすべての子に、むちを加えられるのだから。」
もし、主から訓練を受けるなら、それは、主に愛されている証拠です。それだけではなく、あなたは、間違いなく、神様の子どもです。それも、神様に期待されている子どもです。・・・あなたなら乗り越えることができると、神様は、あなたを信頼して、その訓練を与えたということです。
そして、このことを覚えて感謝しましょう。私を訓練し、成長させる責任は、神様が持ってくださいます。・・・神様が責任者なので、神様に信頼するなら、私たちは、必ず、乗り越え、神様の子どもとして成長します。
今、互いに祝福し合いましょう。
あなたは神様の子どもです。神様があなたを訓練し、成長させてくださいます。ハレルヤ!
神様の訓練は、私たちに対する神様の愛の証拠です。
神様の訓練は、私たちを成長させる、最高に良いものです。
ですから、神様の訓練を受けるとき、
「神様、私を愛してくださって感謝します。この訓練を通して、あなたが責任をもって、私を成長してくださることを感謝します。私も、喜んで、この訓練を耐え忍びます。」・・・と、感謝をもって、神様の訓練を受け入れましょう。
そのように、本来は、感謝をもって、受け入れるべきなのですが、問題は、多くの人が、今、自分が受けている苦しみが、神様の訓練であることが分からないことです。
なぜ、こんな苦しみが私に、なぜ、こんな不幸が家族に・・・と思ってしまう・・・ちょうど、荒野に導かれたイスラエルの民のように、です。
神様が、イスラエルの民を荒野に導かれた目的は、イスラエルの民を訓練するためでした。
申命記 8章2-3節
あなたの神、主がこの四十年の間、荒野であなたを歩ませられたすべての道を覚えていなければならない。それは、あなたを苦しめて、あなたを試し、あなたがその命令を守るかどうか、あなたの心のうちにあるものを知るためであった。
それで主はあなたを苦しめ、飢えさせて、あなたも知らず、あなたの父祖たちも知らなかったマナを食べさせてくださった。それは、人はパンだけで生きるのではなく、人は主の御口から出るすべてのことばで生きるということを、あなたに分からせるためであった。
神である主が、イスラエルを荒野に導かれた目的は、荒野の訓練を通して、イスラエルの民を、主だけに信頼する者に成長させるため、また、みことばを聞くだけでなく、みことばに生きる者に成長させるためでした。
しかし、イスラエルの民は、荒野で、神様の訓練を受けていることを理解できずに、苦しみを受ける度に、不満をつぶやきました。・・・イスラエルの民は、自分が受けている苦しみを、神様の訓練として受け入れずに、不満をつぶやき続けたので、イスラエルの民は、荒野で、40年間も、同じ場所をグルグルグルグル回り続け、神様の訓練を受け続けたのです。
神様から訓練を受けても、それを、訓練として受け入れず、ただの苦しみとして受け、不満をつぶやき続けたので、イスラエルの民は、全く成長しませんでした。
事実、不満をつぶやき続けて、全く成長しなかったイスラエルの第一世代は、荒野で死に絶えました。主と主のみことばに信頼したヨシュアとカレブだけが、生き残りました。
ですから、このことを覚えましょう。・・・もし、私たちがイエス様を信じて、自分の人生の主人としてイエス様を受け入れたなら、私たちは間違いなく、神様の子どもです。神様の子どもである以上、父なる神様は、必ず、私たちを訓練します。
ですから、私たちは、感謝をもって、神様の訓練を受け入れましょう。
今、自分が受けている苦しみを、神様の訓練として受け入れないで、ただの苦しみだと思うなら、「なぜ、神は、こんな苦しみを私に与えたのか」と言いたくなって、神様に信頼することが難しくなります。
しかし、神様の訓練として受け入れるなら、
「神様は、私を愛して、私を成長させるために、この苦しみを与えてくださった。神様は、私なら、この訓練を乗り越えることができると信頼し、期待してくださっている。私も神様に信頼して、神様の助けを受けて、この訓練を耐え忍び、乗り越えよう。」・・・そのように、神様に信頼して、乗り越えることができます。
荒野の訓練の目的は、成長です。私たちが、主だけに信頼し、主のみことばに生きる神様の子どもとして成長するためです。・・・なぜ、神様は、私たちの成長を願われるのでしょうか。
主の訓練を受けた人たちのビフォーアフターを見れば、よく分かります。
ヨセフは、主の訓練を受ける前は、父親に溺愛された末息子でした。それが、兄弟たちに妬まれ、奴隷として売り飛ばされ、無実の罪で、牢獄にまで入れられました。
しかし、主の訓練を受けた後、主は、ヨセフをエジプトの総理大臣にまで引き上げ、エジプトは、ヨセフによって祝福され、さらには、イスラエルも、周辺の国々もヨセフによって救われました。
また、モーセは、荒野の40十年の訓練の前は、イスラエルを救おうとして、エジプト人一人を殺しましたが、救おうと思っていたイスラエル人からも拒まれ、結局、エジプトの王ファラオが怖くなって、逃げ出しました。・・・しかし、訓練の後は、モーセは、主に信頼し、主のみことば通りに、イスラエルを、エジプトから救い出しました。
イエス様も、バプテスマを受けた後、聖霊様によって荒野に導かれました。荒野の訓練を受ける前は、イエス様は、家族に仕えていました。しかし、荒野の訓練の後には、聖霊様の力に満たされ、福音を宣べ伝え始めました。
皆さん、主の訓練を受ける前と後では、決定的な違いが一つあります。
それは、主の訓練を受けた後には、自分や家族だけではなく、多くの人を救い、祝福する主の働きに用いられていることです。
つまり、主は、あなたと一緒に、多くの人を救う主の働きをするために、訓練されます。
ですから、主から訓練されるときには、「主よ、感謝します。私を愛し、救うために、十字架で、死んでよみがえられたイエス様・・・今度は、あなたがいのちを捨てたほど愛している人々を救うために、私を用いてくださることを感謝します。そのために、私を訓練してくださることを感謝します。」・・・感謝をもって、主の訓練を受け入れましょう。
しかし、そのように、主の訓練を受け入れることが難しいとき、必要なのは、神様の恵みです。もう一度、神様が私を救ってくださった恵みの大きさを、聖霊様によって、体験させてもらう必要があります。救いの喜びを回復してもらう必要があります。
もし、神様が私を救ってくださった恵みを喜ぶことができなければ、人々に救いの喜びを伝えることができません。ただ、義務感とか、自分の熱心さなどで、イエス様を伝えることになります。
Ⅰペテロの手紙 1章6-9節
そういうわけで、あなたがたは大いに喜んでいます。今しばらくの間、様々な試練の中で悲しまなければならないのですが、
試練で試されたあなたがたの信仰は、火で精錬されてもなお朽ちていく金よりも高価であり、イエス・キリストが現れるとき、称賛と栄光と誉れをもたらします。
あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、今見てはいないけれども信じており、ことばに尽くせない、栄えに満ちた喜びに躍っています。
あなたがたが、信仰の結果であるたましいの救いを得ているからです。
信仰の結果であるたましいの救いを得ている人は、ことばに尽くせない、栄えに満ちた、救いの喜びを持っています。・・・救いの喜びは、良い時だけではなく、悪い時にも、喜ぶことができる大いなる喜びです。
今、しばらくの間、様々な試練の中で悲しまなければならない・・・そういう時でも、あなたがたは大いに喜んでいます・・・信仰の結果である、たましいの救いを得ているから・・・とあります。
もし、信仰の結果である、たましいの救いを得ているなら、私たちは、苦しみの時でも、大いに喜びます。訓練をも、大いに喜んで乗り越えます。その訓練が、私たちの信仰を成長させ、多くの人を救う主の働きにふさわしい者に、私たちを成長させます。
ですから、何よりも大切なのは、信仰の結果である、たましいの救いを得ることです。
たましいの救いを得るとき、私たちは、イエス様を愛します。ことばに尽くせない、喜びに満たされます。
皆さん、イエス様を愛していますか。ことばに尽くせない、喜びに満たされていますか。
この救いの喜びを受け取るために必要なことは、素直に、神のことばを信じるだけです。
聖書に書かれている通り、イエス様が、私を救うために、してくださったことを、子どものように、信じて受け入れるだけです。
神様は、すべての人を救いたいからこそ、誰でも信じるだけで、救われるようにしてくださいました。だれ一人、絶対に滅んで欲しくないからこそ、神様は、すべての人が信じるだけで、救いの喜びに満たされるようにしてくださいました。
ローマ人への手紙 1章16節
私は福音を恥としません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシア人にも、信じるすべての人に救いをもたらす神の力です。
福音は、信じる、すべての人を救う神の力です。・・・イエス様が私たちを救ってくださったという良い知らせである福音を、信じるなら、救われます。・・・あなたが誰であろうと、関係ありません。・・・子どものように、素直に、イエス様を信じ、受け入れるなら、救われます。
あなたを救うために、イエス様が、何をしてくださったのかを知って、イエス様を、自分の主人として受け入れるなら、救われます。
だからこそ、イエス様が誰なのか、何をしてくださったのかを知る必要があります。そのすべてが聖書に書かれています。聖書は、神様のことばです。素直に、神のことばを聞いて、信じることを心に決めるとき、聖霊様が、あなたに信仰を与えてくださいます。
1963年10月、韓国で、6名を斧で殺害したゴ・ジェゴンという殺人犯が捕まり、当時の新聞で大きく取り上げられました。ある学校の女性の先生が、その記事を読んだとき、彼女の心に、イエス様とともに十字架につけられた強盗のことが、思い浮かびました。それと、同時に、イエス様のみことばが心に響きました。・・・「今日、あなたはわたしとともにパラダイスにいます。」
主のみことばがあまりにも強く迫って来たので、彼女は、主の導きに従う決心をして、刑務所に行き、「ゴ・ジェゴンに聖書の福音を伝えたい」というと、独房に案内されました。・・・実は、その時、ゴ・ジェゴンは、鉄格子越しに近づいた、刑務官の目を突いて、独房に入れられていました。
彼女は、イエス様からいただいたみことばを抱いて、彼に近づき、握手しようとすると、彼は、物凄い目で、彼女を睨みつけました。
彼女は、殺気を感じて、もう恐ろしくて、心の中で、ずっと、主を呼び続けました。
勇気を振り絞って、彼に向かって手を伸ばし、「兄弟!」と呼びかけました。
そして、聖書を手渡し、イエス様のことを伝え始めました。
すると、何と彼は、手渡された聖書を読み始め、ずっと、読み続け、最後にこう言いました。
「私に、『兄弟』と優しく声を掛けてくれたのは、あなたが初めてです。私が育った村にも教会はありましたが、誰も私に声を掛けてくれませんでした。誰かが、もっと早くに、イエス様のことを教えてくれていたら、私は、こんな所に来なかったのに!」
その後も、彼は、毎日、ずっと聖書を読み続け、みことばが心に刺さる度に、悔い改めました。
泣きながら祈っていると、韓国語でも、英語でもない、不思議なことばが口から出始めました。
そのうち、自分の心がどんどん変わって行くのが分かりました。
祈りの中で、主が、天国や地獄を見せてくださり、不思議な体験をしました。
彼の顔つきも、目も変わりました。「伝道したい!」という思いが強くなりました。
彼が変えられていく中で、独房から一般牢に移されることになりました。
かつての彼が、どんなに恐い人だったかを知っていた人たちは、彼を刺激しないように、静かにしていたので、彼は、毎日、静かに、聖書を読み続け、そして、賛美歌を歌うと、いつも涙を流しました。
彼は、人がやりたがらない仕事を、喜んでしました。愛をもって、人々に仕えました。
それを見て皆、「あんなに優しそうに見える人が、どうして斧で6人も殺すことができたのか」と不思議に思うようになりました。
恐るべき凶悪犯だった彼が、全く変えられて、自分を変えてくださったイエス様を、毎日、伝えました。・・・彼を通して、囚人たちは、次々に、イエス様を信じ、救われました。
2000人いた囚人のうち、1800人がイエス様を信じました。
死刑執行の日、銃殺刑の直前に、刑務官は、彼に聞きました。
「最後に言い残すことは無いか?」
彼は、こう言いました。
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。 それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
どうか、イエス様を信じてください。
2000人すべてに伝道することができなかったことを、申し訳なく思います。
最後に、一つお願いします。どうか、私が笑っているときに、撃ってください!」
そして、彼は賛美歌を歌い始めました。刑務官は、涙を流し、泣きながら歌っている彼を撃つことができませんでした。しかし、賛美歌を歌い終えようとしたとき、彼は笑顔になり、ついに、引き金が弾かれました。その場にいた刑務官たち全員が、イエス様を信じて、クリスチャンになりました。
皆さん、かつて、凶悪殺人犯だったゴ・ジェゴンを、愛の人に変えたのは、福音の力です。
監獄は、彼にとって、荒野でした。荒野とは、何もないところという意味と、神のことばがある場所、神のことばに出会う場所という意味があります。
彼は、監獄で、ひたすら聖書を読み続けました。彼は、神のことばに心を開き、素直に信じ受け入れ続けました。
その時、彼の内側から、救いの喜び溢れ出て、彼の人生も、多くの人の人生も変えました。
彼を変えた神様は、私たちをも変えることができます。
彼のように、聖書の神のことばに心を開き、素直に信じて受け入れるなら、救いの喜びが、私たちの人生を変えて行きます。
彼が信じたイエス様は、今、私のうちに生きておられます。イエス様は、今、あなたのうちに生きておられます。
この救いの喜びを伝える使命を、神様は、イエス様を信じるすべての人に与えられました。
主イエスを信じる皆さんに、神のことばを通して、聖霊様が力強く臨み、主ご自身が、救いの喜びで皆さんを満たしてくださることを、主イエスの御名によって、祝福します。

