【281】2025/2/23 主日礼拝 『神の家族』 エペソ人への手紙<2:19~20> 斉田基牧師

 

19節
 こういうわけで、あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、聖徒たちと同じ国の民であり、神の家族なのです。

主イエスを信じた私たちは全員、神様の家族です。
神様が、天のお父さんで、私たちはみな、神様の息子、娘たちです。私たちは全員で、一つの家族です。神の家族です。
・・・今、互いに、「あなたは、神様の家族です。」と言って、互いに祝福し合いましょう。
詩篇16篇3節 
地にある聖徒たちには威厳があり 私の喜びはすべて 彼らの中にあります。

地にある聖徒たちとは、神の家族です。つまり、私の喜びはすべて、神の家族の中にある・・・神の家族の中に、私のすべての喜びがある、と言う意味です。
どんな人と一緒に生活するかによっては、幸せを感じたり、不幸を感じたりもします。
みことばは、神の家族と一緒に生活するなら、喜び溢れる生活が与えられると言うのです。
19-20節
 こういうわけで、あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、聖徒たちと同じ国の民であり、神の家族なのです。
 使徒たちや預言者たちという土台の上に建てられていて、キリスト・イエスご自身がその要の石です。

神の家族は、使徒や預言者という土台の上に建てられ、イエス様ご自身が要石、すなわち、かしらです。・・・それでは、神の家族の土台が使徒や預言者とは、どういう意味でしょうか。

それは、使徒たちが教える聖書の教えが、神の家族の土台だと言う意味です。
なぜ、聖書の教えではなく、使徒たちが教える聖書の教えが土台なのでしょうか。

それは、イエス様との交わりを持つ使徒たちに、聖書を教えてもらわなければ、かしらであるイエス様との交わりを持つことができないからです。
Ⅰヨハネの手紙1章3節
 私たちが見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えます。あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。私たちの交わりとは、御父また御子イエス・キリストとの交わりです。

律法学者やパリサイ人など、イエス様との交わりを持っていない人から、聖書を教えられても、イエス様との交わりを持つことはできません。
使徒たち、すなわち、主イエスとの生きた交わりを持つ人から、聖書を教えてもらうとき、私たちもイエス様との交わりを持つようになり、神の家族になります。・・・これが、使徒と預言者たちが神の家族の土台と言われている理由です。
神の家族に絶対に必要なのは、イエス様との交わりです。主イエスとの交わりを持つ人から、聖書を教えてもらうとき、教えられた人も、主イエスとの交わりを持つようになる。・・・そのように、イエス様との交わりを持つとき、その人の生き方は、変わります。

たとえば、一人暮らしをしていた人が、結婚して、二人暮らしを始めると、生活が変ります。
一人用だったベットが2人用に変るでしょう。・・・寝る部屋も、あるいは、住む家まで変わるかもしれません。・・・何を食べるか、いつ起き、いつ寝るかも、相手に合わせて変わって来ます。

主イエスと交わりを持つとは、それまで、一人暮らしだった人生を、イエス様と一緒に、二人暮らしを始めることです。
人間の誰かと一緒に暮らし始めるだけでも生活が変るのなら、イエス様と一緒に暮らし始めるなら、どのぐらい変わるでしょうか。
そのように、イエス様と一緒に暮らすことの始まりは、もうすでにイエス様と交わりを持っている人から、聖書を教えてもらい、自分もイエス様との交わりを持つようになることです。

ある教会に、「YouTubeで、メッセージを聞いて、イエス様を信じました。」と言って、サラリーマンの男性の方が来られました。
最初は、イエス様とか、全く必要としていないように見えた方でしたが、彼は、牧師から、聖書の教えを忠実に学び続ける中で、目に見えて、どんどん変えられて行ったそうです。

彼は、主日礼拝だけでなく、小グループの学びにも、熱心に参加しました。仕事で忙しくて、参加できない時にも、いつも、動画でメッセージを聞き、教えられたみことばを、家庭でも、職場でも、忠実に実践しました。

すると、ある時点から、彼の信仰が一気に成長するのが、目に見えて分かったそうです。
ある時点から、彼は夫婦で一緒に学びに参加するようになり、さらには、みことばを学ぶ度に、「アーメン。本当にその通りです。神様は、こんなに素晴らしいことをしてくださいました。」と、毎回のように、証しするようになりました。

家族や職場の同僚が病気だと言うと、主の御名によって祈ると、癒されるようになり・・・シングルマザーの部下が、夜遅くまで仕事していると、仕事はもういいから、家族のために早く帰りなさい。」と言って家に帰すようになり・・・そのように、彼の生き方が、どんどん変えられて行った結果、いつしか、休みの日には、部下が、上司である彼の家に来るようになりました。休みの日には、上司の家が、居心地がいいと言って、部下が遊びに来るようになりました。

皆さん、彼の生き方を変えたのは、イエス様との交わりです。イエス様との交わりを持っている牧師から、学んだ聖書の教えを、彼は、生活の中で、忠実に実践して行った結果、ある時点から、彼もイエス様との交わりを実感しながら、生活するようになりました。
そのように、神の家族は、一人一人が、イエス様との交わりを持つことを通して、どんどん変えられて行きます。
使徒の働き 2章41-47節
  彼のことばを受け入れた人々はバプテスマを受けた。その日、三千人ほどが仲間に加えられた。
 彼らはいつも、使徒たちの教えを守り、交わりを持ち、パンを裂き、祈りをしていた。
 すべての人に恐れが生じ、使徒たちによって多くの不思議としるしが行われていた。
 信者となった人々はみな一つになって、一切の物を共有し、
 財産や所有物を売っては、それぞれの必要に応じて、皆に分配していた。
 そして、毎日心を一つにして宮に集まり、家々でパンを裂き、喜びと真心をもって食事をともにし、
 神を賛美し、民全体から好意を持たれていた。主は毎日、救われる人々を加えて一つにしてくださった。

これが、世界で、最初の、神の家族です。
神の家族は、いつも使徒たちの教えを守り、交わりを持ち、パンを裂き、祈りをしていました。
ここに、神の家族として、大切な4つのポイントがあります。
まず、使徒たちの教えを守りました。第二に、交わりを持ちました。第三に、パンを裂きました。そして、祈りました。

今日は、神の家族で交わりを持つことに焦点を当てます。
毎日、心を一つにして宮に集まり、これが、主日礼拝に当たります。
主日礼拝で、みことばを聞いて、恵みを受け、すぐに、みことばについて行こうと決心して応答するとき、生活の中でみことばについて行くようになります。すなわち、主との交わりを持って生活するようになります。
しかし、恵みを受けても、すぐに応答しないまま、「ああ、今日は恵まれたで終わる」と、3日ぐらいすると、恵みを忘れてしまいます。

だからこそ、神の家族の交わりが大切です。神の家族の交わりを通して、主との交わりを持って生活することを、励まし合うためです。
家々でパンを裂き、とあります。これは、小人数で、みことばを学び、交わることです。少人数なので、より深い交わりを持つことができます。

主日礼拝では、一方的に聞くだけになることがありますが、家などで、少人数で、みことばを学ぶとき、それぞれの人生に合わせて、聖書を学ぶことができます。
例えば家庭に困難を覚えているなら、聖書から、家族とは何かを学びます。
そのとき、自分が、今、どういうことを経験しているのか、分かち合うことができます。

以前は、このように子育てしていたけど、みことば通りにすると、こうなりました。
今は、こういうことを、みことばから教えられています。・・・それを聞いて、他のメンバーは、「ああ、自分だけじゃなかったんだ」とか、「ああ、なるほど、そういうこともあるのか」と共感したり、相手のことを、もっと知るようになり、そこに、祈りが生まれます。
「ああ、この人には、こんな痛みがあったのか、こんな願いがあったのか・・・これからは、この人のために、このように祈ろう。」・・・分かち合うことを通して、祈りが生まれてきます。

主日礼拝だけだと、お隣さんが、どういう経験をし、どういう人なのかも、分からないまま・・・ということも有り得ます。
しかし、少人数での学びを通して、それぞれの人生を分かち合いながら、そこに、みことばの光が照らされるとき、私たちは、ますます、みことばによって変えられて行きます。

一方的に教わって終わるのではなく、一人一人が人生を分かち合いながら、今日、私は、みことばから、こういうことを教えられました。
ちょうど、最近、こういうことを思わされて、祈っていたのですが、その答えを、みことばから、頂きました。
最近、ある人との関係に悩んでいましたが、でも、今日、みことばから、みことばには力があって、愛することができると教えられました・・・だから、みことばについて行きたいです。祈ってください。・・・みんなで集まって祈ります。すると、人生が変えられていく。
・・・そのように、みことばを中心にした交わり、すなわち、イエス様を中心にした交わりは、私たちの人生を変えていきます。
使徒の働き 2章47節
神を賛美し、民全体から好意を持たれていた。主は毎日、救われる人々を加えて一つにしてくださった。

神の家族は、民全体から好意を持たれていた、と言うぐらいなので、自分たちが幸せになる程度ではなく、周りの人々をも幸せにするぐらい、人生が変えられて行きました。
さらには、主は、毎日、救われる人々を加えて一つにしてくださった、とあります。
・・・ただ救われた人々が増えたのではなく、一つにしてくださった・・・すなわち、愛し合う神の家族として、一つにしてくださった。

新しく加わった人たちも、20年、30年もいるメンバーも、みんなが愛し合って一つになることができるほどに、神様がしてくださいました。
このことが起こる現場が、家の教会です。・・・神の家族が、人生を分かち合いながら、みことばを学ぶ場所、イエス様を中心にした、家の教会の交わりです。

ある姉妹は、非常に熱心に神様を信じていました。それこそ家族を顧みないほど、一生懸命、教会に仕え、熱心に伝道していました。・・・しかし、彼女が、気がついたときには、家族は崩壊していました。離婚し、子どもたちも、彼女から離れて、一人になっていました。

それでも、彼女は、熱心に伝道し続けましたが・・・あるとき、こう言われたそうです。
「あなたの人生を見ると、あなたの神様が本物だとは思えない。そんな神様を、これからも信じるつもりなの。あなた、本当に大丈夫?」 ・・・そこで、完全に燃え尽きた。
もう教会にも行けなくなり、聖書も見えないところに片づけました。
そんな時、家の教会に誘われました。家の教会は、少人数で、みことばを分かち合う場所でもありますが、何よりも、互いに愛し合う交わりの場所です。
その愛し合う交わりの中で、彼女は回復していきました。そして、主日礼拝で、語られるみことばを通して、ついに、彼女に、イエス様との交わりが回復されました。

すると、彼女は、再び、伝道し始めました。かつてのような熱心さではなく、喜び溢れて伝道するようになりました。
かつて、あんなに熱心に伝道しても、一人も救われなかったのに、主イエスとの交わりが回復された彼女が喜びをもって伝道すると、どんどん救われました。一年半の間に、100人近くの人が、イエス様を信じました。
さらには、彼女は、主に示されて、一人暮らしをしていたお母様の救いのために、北海道に、引っ越しました。
まず、お母様が救われ、人々が救われ、彼女を通して、新しく家の教会が生まれました。
さらに、主は、彼女のために、恵みの上にさらに恵みを与えてくださり、音信不通だった、元夫をはじめ、子どもたちとの関係も回復してくださいまし。

皆さん、イエス様との交わりが人生を変えます。イエス様との交わりを持つときに、私たちは神の家族となります。
イエス様との交わりを持っている人の教え、すなわち、使徒の教えが、神の家族の土台です。

いつも使徒の教えを守る人は、イエス様との交わりを持つようになります。
しかし、私たちすべてが、いつも忠実に使徒の教えを守るわけではありません。
だからこそ、互いに愛し合う神の家族の交わりによって、励まされる必要があります。

自分一人では、使徒の教えを守ることが難しいときがあります。だからこそ、互いに愛し合う交わりを通して、私たち神の家族が、一人も漏れることなく、主との交わりを持つことを励まし合いましょう。

そのためには、家の教会の交わりが必要です。属会、小グループが必要です。みことばを中心にして、すなわち、イエス様を中心にして、みことばを分かち合う、交わりが新しく生み出される必要があります。そのために、共に祈りましょう。