【274】2025/1/5 主日礼拝 『起きよ。輝け。』 イザヤ書<60:1~3> 斉田 基 牧師

 

1節
 「起きよ。輝け。まことに、あなたの光が来る。主の栄光があなたの上に輝く。

このみことばが、今年、神様から、松戸栄光教会に与えられた約束のみことばです。
今年は、主イエスを信じるあなたの人生に、主の光が輝く年です。
しかし、それと同時に、世界は暗くなります。
2-3節
 見よ、闇が地をおおっている。暗黒が諸国の民を。しかし、あなたの上には主が輝き、主の栄光があなたの上に現れる。
  国々はあなたの光のうちを歩み、王たちはあなたの輝きに照らされて歩む。

世界を暗闇が覆うときでも、あなたの上には、いつも主が輝くので、あなたは、暗闇の中で、主の光によって輝く、世界の光となります。
あなたを輝かせている主のゆえに、多くの人があなたのもとに来て、あなたを輝かせている主に出会うようになります。

これが、今年、主イエスを信じる、私たちに与えられている神様の祝福の約束です。
この祝福の約束が私に、あなたに実現するために必要なことが、一節のみことばにあります。
1節
 「起きよ。輝け。まことに、あなたの光が来る。主の栄光があなたの上に輝く。

主は、「起きよ」と命じられました。主のみことばを聞いて、起き上がるなら、私たちは輝きます。
起きなさいという言葉は、単に目を覚ましなさいという意味ではありません。目を覚まして、起きて、立ち上がるという意味です。

しかも、「起きよ」と、聞いて、自分の力で起き上がるのではなく、主のみことばの力によって起き上がるという意味です。

「起きよ」という言葉は、クームというヘブル語です。イエス様が、このことばで、死んだ少女に命じました。 「タリタ、クム。」 訳すと、「少女よ、あなたに言う。起きなさい」・・・そのとき、死んでいた少女は、イエス様のことばを聞いて、すぐに起き上がって、歩き始めました。

死んでいた少女は、自分の力で立ち上がったのではなく、イエス様のことばの力が、少女を、生き返らせ、立ち上がらせました。
ヨハネの福音書 5章25節 
まことに、まことに、あなたがたに言います。死人が神の子の声を聞く時が来ます。今がその時です。それを聞く者は生きます。

神の子イエス・キリストの声を聞くなら、死人でも生きます。イエス様のことばには、死人さえも生き返らせる力があります。
イエス様のことばには、あなたを立ち上がらせる力があります。
もし、あなたが、イエス様のことばを聞くなら、たとえ、今、どんな暗闇の中にいたとしても、イエス様のことばは、あなたを輝かせます。
・・・私たちに必要なのは、イエス様に対する信仰です。イエス様のことばに対する信仰です。

イエス様のことばを聞くとき、私は生きる。
たとえ、絶望の中でも、イエス様のことばを聞くとき、私は希望に輝く。
どんな状況でも、イエス様のことばを聞くとき、私は、必ず、救われる・・・信仰をもって、神のことばに耳を傾けるとき、キリストがあなたを照らされます。
エペソ人への手紙 5章14節
 明らかにされるものはみな光だからです。それで、こう言われています。「眠っている人よ、起きよ。死者の中から起き上がれ。そうすれば、キリストがあなたを照らされる。」

皆さん、主は、「起き上がれ」と、命じられました。起き上がるとは、主のみことばには力がある、と、信じて、みことばに堅く立つことです。・・・そうすれば、キリストがあなたを照らされる
・・・あなたを照らし、輝かせるのは、主です。あなたは自分で輝く必要はありません。必要なのは、主が、あなたを輝かせてくださる、と、信じて、みことばに聞き従うことです。

主のみことばは、私の問題を、解決するだけでなく、考えられないほど祝福してくださる力がある、と、信じて、みことばに聞き従って歩み始めることです。

今は、もう、目を覚ますべき時が来ています。死人が神の子の声を聞く時が来ています。
すなわち、闇が地をおおい、暗黒が世界中の人々を覆う時も来ているということです。
ですから、準備してください。・・・暗闇の中でも、光り輝き続ける準備です。

皆さん、多くの人が予想もできないときに、闇が襲います。多くの人が想像するよりも早く、暗闇は来ます。

その時になって、何も見えない暗闇で、手探りしながら、光を捜し求める暗闇の子どもではなく、むしろ、その暗闇の中で、主によって、光り輝くことによって、闇の中にいる人々に、あなたを輝かせてくださっている主を証しする、光の子ども・・・それが、あなたです。

暗闇の中では、人間の力やこの世の力は、役に立ちません。神様の力だけが、人を救うことができます。

私を、あなたを救うために、十字架でいのちを捨てた神の力だけが、私たちを救うことができます。苦しみに耐え忍びながら、死に至るまで、あなたを愛することを選ばれたイエス・キリストだけが、あなたを救う、唯一の救い主です。
あなたのために死んで、よみがえられたイエス・キリストだけが、どんな暗闇の中でも、あなたを救ういのちの光です。

あの人が、この人が、いのちの光を持っていても、私がいのちの光を持っていなければ、私は暗闇の中を歩くしかありません。
しかし、いのちの光を持っているなら、闇はあなたに打ち勝つことができません。あなたは、圧倒的な勝利者です。
ヨハネの福音書1:4-5節
この方にはいのちがあった。このいのちは人の光であった。
光は闇の中に輝いている。闇はこれに打ち勝たなかった。

イエス・キリストこそ、あなたのいのちの光です。
私たちは、イエス様について聞いてはいるでしょう。・・・イエス様について知ってもいるでしょう。しかし、イエス様に出会わなければ、いのちの光を持つことはできません。
・・・もし、まだ、イエス様に出会っていないのなら、まだ、いのちの光を持っていないなら、もう、先延ばしにしてはいけません。今が、イエス様に出会う時です。

皆さん、ヤコブは、神様について聞いたことがありました。神様を信じてもいました。しかし、実際に神様に出会ったことはありませんでした。
ヤコブは、主に出会う前は、騙し、押しのける者でした。しかし、主に出会ったとき、イスラエル、に変えられました。
創世記 32章22-24節
その夜、彼は起き上がり、二人の妻と二人の女奴隷、そして十一人の子どもたちを連れ出し、ヤボクの渡し場を渡った。
彼らを連れ出して川を渡らせ、また自分の所有するものも渡らせた。
ヤコブが一人だけ後に残ると、ある人が夜明けまで彼と格闘した。

ヤコブが一人だけ後に残ると、主は、ヤコブに出会ってくださいました。
一人だけにならなければ、経験できないことがあります。

テレビがついているなら、スマホが手元にあるなら、あなたは一人ではありません。
本当に、あなたが、主に出会いたいと願うなら、主とあなただけがいる場所・・・誰にも、何にも邪魔されない時間が必要です。

時には、ヤコブのように、そのような状況に追い込まれることもあるでしょう。
あなたが一人になりたくなくても、神様があなたを一人にされるときがあります。

その時には、祈らなければなりません。ただ、祈るのではなく、心を尽くして祈らなければなりません。

心を尽くすとは、ただ大声で叫んで祈ることではありません。
主は、心を見ます。あなたの心の中心には、何があるかを、主は見ておられます。

私たちが、心のすべて、たましいのすべてをもって、主ご自身を求めて祈るとき、涙が出ます。
ホセア書12章3-4節
ヤコブは母の胎で兄のかかとをつかみ、その力で神と争った。
御使いと格闘して勝ったが、泣いてこれに願った。ベテルでは神に出会い、神はそこで彼に語りかけた。

ヤコブは、その力で、神様と格闘しました。
しかし、ヤコブが、御使いと格闘して打ち勝った力は、ヤコブの肉体的な力ではありませんでした。
ヤコブは、泣いて、これに願った・・・涙を流して、懇願したとき、ヤコブは打ち勝ちました。

神様と祈りの格闘をして打ち勝った力は、ただ祈るのではなく、祈りの中で、懇願し、心のすべて、たましいのすべてをもって、主ご自身を求め、涙を流して嘆願する、涙の祈りです。

そのように、心のすべて、たましいのすべてをもって、主ご自身を求めて祈る、涙の祈りを、主は聞いてくださいます。
ヒゼキヤ王のときもそうでした。
ヒゼキヤ王が、死の病にかかり、
主から、「あなたは死ぬ。治らない。」と死の宣告を受けたとき、
ヒゼキヤ王は、顔を壁に向けて、主に祈りました。大声で、泣いて祈りました。
そのとき、主は、「わたしはあなたの祈りを聞いた。あなたの涙も見た。見よ。わたしはあなたを癒す。」と言われ、ヒゼキヤ王は、祈りの答えを勝ち取りました。

ヒゼキヤ王が、顔を壁に向けて、すなわち、誰もいないところ、主だけに顔を向けて、祈った祈り、それも、涙を流して祈った祈りに、主は答えました。・・・涙の祈りです。

ヤコブが、一人だけになったとき、ヤコブは、主と二人っきりになりました。
ヤコブは、祈りの格闘の末、主の前に、崩れ落ち、ひれ伏して、涙を流して、主に嘆願しました。その時、ヤコブは、神のイスラエルに変えられました。
騙し、押しのける者ヤコブは、神とともに戦って勝利するイスラエルに変えられました。
・・・祈りの格闘の末、涙を流して祈ったとき、ヤコブは変えられました。・・・涙の祈りです。
・・・・皆さん、あなたの目が、主の前で、涙を流したのは、いつだったでしょうか。

ヒゼキヤ王は、誰もいない壁に向かって、主だけに顔を向けて祈ったとき、涙を流しました。
ヤコブは、一人だけ残り、主と二人っきりになって、祈りの格闘の末、自我が打ち砕かれ、自分の力が尽き果てて、もう自分の力では戦えなくなったとき、涙を流しました。

皆さん、私は、ある日から、一日のうちの、ある時間を、主と二人っきりで過ごす時間として、ささげ始めました。
不思議です。その日から、主の前に涙を流さない日が、ほとんどありません。・・・さらには、祈りは聞かれる、必ず、答えられる、信仰の確信が内側から湧き上がって来るようになりました。

・・・祈りは聞かれる、必ず、答えられる、という確信は、特別な信仰の確信ではありません。
主イエスを信じる人すべてに、神様が与えたいと願っている確信です。

神様を信じるすべての人が、「神様は、私の祈りに答えてくださる。私は、本当に、神様に愛されている」と確信すること・・・それは、私に対する、あなたに対する、主の願いであり、主のみこころです。

神様を信じるすべての人に対して、神様は、信仰の確信というプレゼントを差し出してくださっています。

神様との二人っきりの時間を持つ時に、私たちは、神様が差し出してくださっているプレゼントに気づきやすくなるのです・・・毎日、神様との二人っきりの時間を持つなら、神様が差し出してくださっている恵みのプレゼントを受け取り上手になって行きます。

大切なのは、その二人っきりの時間に、心のすべて、たましいのすべてをもって、主ご自身を求める涙の祈り・・・そして、主のみことばに耳を傾けることです。

死の絶望の中にいたヒゼキヤ王は、涙の祈りによって、「わたしはあなたを癒す」・・・主のみことばを聞いたとき、希望に輝きました。
ヤコブは、涙の祈りによって、「あなたの名は、もうヤコブとは呼ばれない。イスラエルだ。」・・・主のみことばを聞いたとき、祝福を勝ち取りました。

主と二人っきりの時間に、主に祈り、主のみことばに耳を傾けることがどれほど、大切でしょうか。
その時、あなたは、神の子の声を聞きます。そして、聞く者は生きるのです。

あなたが、神様と二人っきりの時間を持ち、神様に出会い、「起きよ。輝け。」 神様のみことばを聞くとき、あなたは輝きます。

まずは、神様を信じましょう。あなたが神様の声を聞きたいと願う以上に、神様は、あなたに神様の声を聞かせたいと願っています。あなたが、そのために、神様との二人っきりの時間を用意するならば、神様は、聞かせることができる。・・・二人っきりの時間を整えてください・・・その最初の日から、皆さんが主の恵みを体験することを、主イエスの御名によって、祝福します。
主のみことばを聞き続け、輝き続ける、皆さんの光に、人々が、皆さんを輝かせた主をあがめるようになることを、主イエスの御名によって、祝福します。