【273】2024/12/29 主日礼拝 『神の目的に生きる』 イザヤ書<49:1~8> 斉田 基 牧師
今日は、今年最後の主日礼拝です。
今年、一年を振り返って、一年の目標を達成できたという方もいれば、できなかった・・・あるいは、そもそも目標などなかったという方もおられるかもしれません。
一般的には、目的を持つこと、目標を立てることには、良いところも、悪いところもあると言われます。それは、目標設定が高すぎたり、低すぎたり、あるいは、そもそも、間違った目的を持つなら、悪い結果になることが多いからです。
しかし、神様は、素晴らしい目的を持って、私たちをお造りになりました。神様がお立てになった目的、目標に従うなら、必ず、最高の結果に導かれます。
1節
島々よ、私に聞け。遠い国々の民よ、耳を傾けよ。主は、生まれる前から私を召し、母の胎内にいたときから私の名を呼ばれた。
私たちをお造りになった神様は、私が、まだ、母の胎内にいたときから、私の名前を呼ばれ、私が生まれる前から、私を召された・・・すなわち、神様の目的のために、私を選んでくださった。
3節
そして、私に言われた。「あなたはわたしのしもべ。イスラエルよ、わたしはあなたのうちに、わたしの栄光を現す。」
神様は、あなたが生まれる前から、神様の目的のためにあなたを選ばれました。神様の目的とは、あなたのうちに神様の栄光を現すこと・・・栄光から栄光へと、あなたをイエス様と同じ姿に変えてくださることを通して、神様が、あなたの人生を輝かせてくださる。
家庭において、イエス様が愛するように、あなたが家族を愛するように、イエス様がしてくださる・・・職場において、イエス様のように人に仕えるように、イエス様がしてくださる。
あるクリスチャンのビジネスマンは、イエス様によって変えられました。
かつては、家族を養うため、自分の夢のため、会社のために、働きました・・・しかし、彼は・・・あなたの隣人自分自身のように愛しなさい・・・みことばに生きるように変えられました。
部下が、共働きで、子どもが幼くて、夜遅くまで、1人で留守番していると聞けば、「早く帰りなさい。仕事のことは心配しないでいいから、お子さんのために早く帰りなさい」
かつては、「家庭の事情もあるかもしれないが、年間何億という売上のノルマもあるから、とにかく、しっかり仕事をしてから、家に帰りなさい」
それが、ノルマ以上に、部下を愛し、さらに部下の家族をも愛するように変えられた。
さらには、部下が体調が悪いと聞くと、部下のために、祈ります。周りに会社の人がいても関係ありません。彼は、部下を自分の子どものように思っているので、祈ります。
「神様が、癒してくださるからね」と言って、主イエスの御名によって、祈ります。
すると、「あ、軽くなったような気がします」・・・時には、癒しも起こります・・・そして、「ああ、あなたの信じているイエス様を、私も信じたい」・・・救われる人が起こされる・・・
皆さん、そのように、神様が、私たちのうちに栄光を現すとは、栄光から栄光へとイエス様と同じ愛の生き方に、私たちの生き方が変えられて行くのを、人々が目の当たりにすることです。
私たちを愛し、私たちを祝福してくださった、私たちの神様は、素晴らしい神様だと、人々が認めざるを得ないほどに、神様が、私たちの人生を輝かせてくださることです。
しかし、そのように、神様が、私たちの人生を輝かせるために、神様は、まず、私たちに必要な備えをされるのです。
2節
主は私の口を鋭い剣のようにし、御手の陰に私をかくまい、私を研ぎ澄まされた矢とし、主の矢筒の中に私を隠された。
私の口を鋭い剣のようにするとは、私の口から出ることばを、どんな両刃の剣よりも鋭い、神のことばのようにするということです。
私の口から、無駄な言葉、人を傷つける言葉が出ることは、どんどん減って行き、むしろ、人を励まし、癒し、救う、福音のみことばが、私の口から溢れ出るように、主が、訓練してくださる。・・・そのように、主が、訓練される場所が、主の矢筒の中です。
矢筒の中は、暗い場所です。・・・主の矢筒は、主に近い場所ではあるのですが、現実的には、暗い・・・希望が見えない。絶望の闇しかない。そのような場所で、主は、私たちを訓練されます。
・・・何のためでしょうか・・・私たちが、主だけにより頼むようになるためです。
主の矢筒の中において、唯一の希望は、主だけです。
現実的には、絶望しかない。しかし、主の矢筒の中は、主に近い場所です。
主は、私の祈りを聞いてくださる・・・主は、私を愛し、私を救うために現実を造り変えてくださる・・・主だけが、希望の光となります。
4節
しかし私は言った。「私は無駄な骨折りをして、いたずらに空しく自分の力を使い果たした。それでも、私の正しい訴えは主とともにあり、私の報いは私の神とともにある。」
私は無駄な骨折りをして、いたずらに空しく自分の力を使い果たした・・・すなわち、私がして来たことは全部無駄になった。
しかし、たとえ、私がしたことが、何一つ成功せず、むしろ、大失敗であったとしても、私の祈りは主に聞かれている、私の祈りに答えてくださる主は、私の失敗も、最悪の大失敗もすべてを働かせて最善を実現してくださる。
ローマ人への手紙 8章28節
神を愛する人たち、すなわち、神のご計画にしたがって召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています。
現実的には、信じられるものが何もない・・・主のみことば以外には信じるものが何もない。
もはや、主に信頼し、主のみことばが必ず実現すると信じて待ち望むしかない・・・この訓練を通して、信仰の土台は、主と主のみことばだけになります。
・・・これが、主の矢筒の中の訓練です。・・・私たちのうちに栄光を現す前に、主は、この訓練を私たちに与えるのです。・・・この訓練は、私の耳が、主の口から出る、みことばを聞くまで、続きます。
逆に言えば、あなたの耳が、主のみことばを聞いたなら、その訓練は終わり、あなたのうちに、主が、栄光を現してくださる時が来たということです。
5節
今、主は言われる。ヤコブをご自分のもとに帰らせ、イスラエルをご自分のもとに集めるために、母の胎内で私をご自分のしもべとして形造った方が言われる。私は主の御目に重んじられ、私の神は私の力となられた。
皆さん、私たちをお造りになった神様は、愛の神様です。
神様は、愛をもって、私たちをお造りになりました。
愛の神様が、語られるみことばも、愛のことばです。その愛のことばを、私の耳が聞くとき、私は、このお方に、愛されている。高価で尊い存在・・・実感します。
皆さん・・・主が、あなたに語られるとき・・・
わたしの目には、あなたは高価で、尊い、わたしはあなたを愛している・・・だから、わたしはあなたを救うために、いのちを捨てた・・・
恐れるな。わたしが、いのちの代価をもって、あなたを買い取った、あなたはわたしのもの・・・わたしが、あなたを助け、あなたを強くし、あなたを守る。恐れるな。わたしがあなたとともにいる。
・・・主があなたに語られる、その声を、あなたの耳で聞くとき、あなたの心は、愛で満たされ、主の力が、あなたを強くします。
6節
主は言われる。「あなたがわたしのしもべであるのは、ヤコブの諸部族を立たせ、イスラエルのうちの残されている者たちを帰らせるという、小さなことのためだけではない。わたしはあなたを国々の光とし、地の果てにまでわたしの救いをもたらす者とする。」
ここで、主の訓練を終えたとき、新しい使命が与えられました。・・・訓練の前は、イスラエルを帰らせるという使命でした。それだけでも栄光の使命です・・・しかし、訓練を終えたとき、その小さな使命だけではなく、もっと大きな栄光の使命を与える・・・あなたを国々の光とし、あなたを全世界に救いをもたらす者とすると・・・主は言われました。
・・・主は、小さなことに忠実な者に、大きなことを任せることができる。
皆さん、主の願いは、愛する私たちが、栄光から栄光へと、主と同じ姿に成長していくことです。そのために、必要なことは、私たちが小さなことに忠実になること・・・
私たちが、小さなことに忠実になるとき、主は、栄光から栄光へと私たちを造り変えることができる・・・たとえ、今の私たちが、小さい存在であったとしても、主は、私たちを輝かせることができる。
7節
イスラエルを贖う方、その聖なる方、主は、人に蔑まれている者、国民に忌み嫌われている者に、支配者たちの奴隷に向かってこう言われる。「王たちは見て立ち上がり、首長たちもひれ伏す。真実である主、あなたを選んだイスラエルの聖なる者のゆえに。」
たとえ、私が、どんなに軽蔑され、忌み嫌われる者であっても、主には、私を輝かせることができる。
あなたを選んだ真実な神様は、あなたを輝かせ、人々が、あなたのもとに来て、ひれ伏すほどに、主は、あなたのうちに、栄光を現してくださる。
あなたが小さなことに忠実になるとき、主は、あなたのうちに栄光を現すことができる。
小さなことに忠実になるとは、今日と言う日に、祈りとみことばによって、主に信頼することに心を尽くすことです。今日と言う日に、主と主のみことばに忠実であることです。
黙示録3:8-9
わたしはあなたの行いを知っている。見よ。わたしは、だれも閉じることができない門を、あなたの前に開いておいた。あなたには少しばかりの力があって、わたしのことばを守り、わたしの名を否まなかったからである。
見よ。サタンの会衆に属する者、すなわち、ユダヤ人だと自称しているが、実はそうではなく、噓を言っている者たちに、わたしはこうする。見よ。彼らをあなたの足もとに来させてひれ伏させ、わたしがあなたを愛していることを知らせる。
主が、私たちのために、誰も閉じることができない勝利の門、祝福の門、伝道の門、救いの門を開いてくださる、その理由は、私たちが、今、与えられている小さな力で、主のことばを守り、主の名を否まない・・・すなわち、主の御名を呼び求めて祈ること・・・今、私たちが持っている小さな力で、祈りとみことばに忠実になることです。
現実には、絶望しかない・・・しかし、主は、私の祈り聞いてくださっている・・・主は私を愛し、私を救うために、この絶望の現実を造り変えてくださる、と、今日と言う日に、主に信頼して、祈ることに、忠実になること・・・
現実には、信じられるものが何もない・・・しかし、主のみことばは、必ず、実現すると信じて、待ち望むことに忠実になること・・・
そのように、今、あなたが持っている小さな力で、主に信頼して、祈りとみことばに忠実になるとき、あなたの耳が、主のみことばを聞く時が来ます。
主が、誰も閉じることができない門を、あなたのために開いてくださるときが、必ず、来ます。
主が約束を破ることは、絶対にありません。
主は、真実なお方です。主は、約束されたみことばを、必ず、実現してくださいます。
小さな力で、忠実になるなら、主は、約束通り、あなたのために、勝利の門、祝福の門、伝道の門、救いの門を開いてくださいます。
今、あなたが持っている、その力で大丈夫です。
・・・主があなたに求めているのは、忠実さです。
もっと大きな力、もっと多くの才能・・・今、あなたが持っていないものは、何も必要ありません。
あなたが、今、持っている力で、主に信頼して、祈りとみことばに忠実になるとき、主は、あなたの耳を開いてくださり、あなたに主のみことばを聞かせてくださる。
ですから、私たちは、今年を締めくくり、新しい年を迎える、このときこそ、主に信頼することに心を尽くしましょう。・・・毎日、みことばを握って、祈るのです。
みことばを握って祈るとは、自分に語られたみことばとして信じて祈ることです。たとえば、次のみことばを握って祈るなら・・・
8節
主はこう言われる。「恵みの時に、わたしはあなたに答え、救いの日に、わたしはあなたを助ける。わたしはあなたを見守り、あなたを民の契約とし、国を復興して、荒れ果てたゆずりの地を受け継がせる。
共に、あなたのところに、自分の名前を入れて告白しましょう。
主はこう言われる。
「恵みの時に、わたしは(自分の名前)に答え、
救いの日に、わたしは(自分の名前)を助ける。
わたしは(自分の名前)を見守り、
(自分の名前)を民の契約とし、
国を復興し(リバイバルし)て、荒れ果てたゆずりの地を(自分の名前に)受け継がせる。
このように、神様が、一つのみことばを与えてくださるとき、そのみことばを握って、毎日、告白して、祈りましょう。
主は、小さなことに忠実になる、あなたの耳に、必ず、みことばを聞かせてくださいます。
そのみことばを握って、毎日、祈るとき、必ず、そのみことばが、あなたの人生に実現することを、主イエスの御名によって、祝福します。

