【244】2024/6/9 主日礼拝 『主の心を悟る恵み』 ヨハネの福音書<4:34~36> 斉田 基 牧師

 

35節
 あなたがたは、『まだ四か月あって、それから刈り入れだ』と言ってはいませんか。しかし、あなたがたに言います。目を上げて畑を見なさい。色づいて、刈り入れるばかりになっています。

主イエスは、「目を上げて畑を見なさい。」と言われました。
今日、皆さんに覚えて欲しいことは一つです。それは、神様が、あなたに見て欲しいものがあるということ、そして、もし、目を上げて、神様があなたに見て欲しいものを見るなら、あなたの人生は変わるということです・・・どのように変わるのでしょうか・・・神様と共に喜ぶ人生に、です。

主は、今日も、「目を上げて、見なさい。」と言われます。
「目を上げて、見なさい。」と、主が言われるのは、まだ、見えていないからです。・・・主が、私たちに、主と一緒に見て欲しいと願っているものが、まだ、私たちには、見えていないからです。

見えていても、その意味が見えていない。
たとえば、イエス様と弟子たちが、生まれつきの盲人を見たとき、弟子たちは、この盲人が、盲目で生まれたのは、この盲人が罪を犯したからか、もしくは、この盲人の親が罪を犯したからだと考えました。
しかし、イエス様は、それは、この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもなく、この人に神様の恵みのわざが現わされるためのものだと言われ、その盲人を癒されました。

同じ盲人を見ても、この人がこんな不幸な目にあったのは、この人のせいだ、親のせいだと・・・苦しんでいる人を、さらに苦しめるような見方をするのではなく、
「目を上げて、わたしが見ているように見なさい。この人の苦しみは、苦しみでは終わらない。この人の苦しみは、この人を愛し、救ってくださる、神様の栄光のわざが現わされるためのもの・・・あなたは、もうあなたの目ではなく、わたしの目で、わたしと一緒に見て、わたしと一緒に、人を救う働きをしなさい。」

皆さん、あなたが今、見ている現実は、あなたの目には、どう見えていますか。その現実は、喜び、平安、希望を与えますか。
もし、今日、目を上げて、イエス様と一緒に見るなら、あなたの現実は、あなたを愛し、あなたを救う神様のわざが現わされるため・・・あなただけではなく、あなたの大切な人たちをも救う神様の栄光が現わされるための現実になります。

あるクリスチャンの女性は、介護関連の職場で働いていました。しかし、上司にいじめられ、怖くなり、何年間も、職場に行けなくなりました。
しかし、聖書のみことばを通して、イエス様が見ているように、彼女も現実を見るようにされていきました。・・・それで、勇気を出して、職場に行くことにしました。

それでも、始めのころは、「どうか、私のために祈ってください。怖いんです。いざ職場につくと、怖くなって、ダメなんです。どうか、祈ってください。」と言っていました。
しかし、彼女は、職場の中でも、みことばを思い巡らし、口ずみ続けました。すると、職場の現実も、イエス様と一緒に見るようにされ、大胆さが与えられ、何と、職場で伝道するようになりました。・・・すると、次から次へと救われて、100人ぐらいの人が、救われました。
意地悪をして来た上司まで、救われました。
クリスチャンが1%未満だった職場が、99%クリスチャンになりました。

もともとの彼女は、現実を見て、恐れる人でした。人間関係が上手く行かず、自信もなく、いじめられて、傷ついて、何年間も仕事に行くこともできなかった方でした。
しかし、聖書のみことばを通して、イエス様が私と一緒にいてくださる・・・それだけではなく、イエス様と一緒に働くことができる・・・みことばを聞いて悟る恵みを受けたとき、彼女の人生は変えられました・・・彼女だけでなく、彼女を通して、多くの人の人生が変えられました。
それも、約1年半で、主は彼女を通して、100人ぐらいの人を救ってくださいました。

皆さん、彼女が変えられたのは、自分が見るように現実を見るのではなく、目を上げて、イエス様と一緒に現実を見るようにされたからです。
そして、彼女が、イエス様と一緒に見るようにされたのは、みことばを聞いて悟る恵みを受けたからです・・・みことばを聞くだけではなく、みことばを語りかけてくださるイエス様の心を悟る恵みを受けることが、いのちです。
マタイの福音書 13章23節
良い地に蒔かれたものとは、みことばを聞いて悟る人のことです。本当に実を結び、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結びます。

皆さん、今、私たちは、みことばを聞いています。イエス様は、今、あなたのそばにおられます。もし、あなたが、みことばを聞いて、今も、あなたに語りかけてくださるイエス様の心を悟る恵みを受けるなら、彼女のように、あなたも、豊かな実を結びます。
しかし、もし、ただみことばを聞くだけで、悟る恵みを受けなければ、どうなるでしょうか。
マタイの福音書 13章19節
だれでも御国のことばを聞いて悟らないと、悪い者が来て、その人の心に蒔かれたものを奪います。

皆さん、教会に何十年、通っても、どんなに、みことばを聞き続けても、あなたのそばにおられるイエス様の心を悟る恵みを受けなければ、人生は変わりません。
ですから、みことばを聞いて、悟る恵みを受け取ってください。・・・どのように受け取ることができるでしょうか。・・・みことばを思い巡らし、口ずさむことです。

彼女は、職場の中でも、みことばを思い巡らし、口ずさむことを選びました。そのとき、彼女の職場の現実の見え方が変えられました。イエス様と一緒に見るようにされました。

ヨシュア記 1章8-9節
このみおしえの書をあなたの口から離さず、昼も夜もそれを口ずさめ。そのうちに記されていることすべてを守り行うためである。そのとき、あなたは自分がすることで繁栄し、そのとき、あなたは栄えるからである。
わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたが行くところどこででも、あなたの神、主があなたとともにいるのだから。

みことばを昼も夜も、思い巡らし、口ずさむなら、私が行くところどこででも、私の神、主がともにいてくださることを悟り、主が私を守り、導いてくださることを悟り、私が行くところどこででも、主と一緒に働くことができることを悟る恵みを受けます。

皆さん、私たちが、主のみことばを昼も夜も思い巡らし、口ずさむことは、主が、私たちに命じている、主のみこころです。・・・私は、主を愛し、主のみこころを行うと、心を決めてください。それが、目を上げて、畑を見ることです。
34-35節
イエスは彼らに言われた。「わたしの食べ物とは、わたしを遣わされた方のみこころを行い、そのわざを成し遂げることです。
あなたがたは、『まだ四か月あって、それから刈り入れだ』と言ってはいませんか。しかし、あなたがたに言います。目を上げて畑を見なさい。色づいて、刈り入れるばかりになっています。

イエス様は、いつも、神様のみこころを行っていました。しかし、弟子たちは、神様のみこころを行うには、まだ四か月ある、そう言って、今日、主のみこころを行おうとは考えず、今日は、自分の思いを行おうとしていたのです。・・・イエス様は、そうではないと、今日という日、今という時こそが、あなたが、わたしと一緒に神のみこころを行うべき時なのだ。と・・・
目を上げて、わたしと一緒に神様の働きをする畑を見なさい。もう、豊かな実を刈り入れるばかりになっている。目を上げて、わたしが見るように、あなたも、わたしと一緒に見なさい。

皆さん、私たちが見えなくなってしまうのは、主のみこころではなく、自分の思いを行おうとするからです。
だからこそ、今日という日に、主を愛し、主のみこころを行う決心をしてください。もし、何が主のみこころなのか分からない、というなら、・・・まず、みことばを昼も夜も思い巡らし、口ずさんでください・・・そうすることは、主が私たちに命じている、主のみこころです。
この、主のみこころに従って、みことばを思い巡らし、口ずさむなら、主のみこころを悟る恵みを受けます。

しかし、多くの人は、恵みを受けるまでは、主のみこころに従いたいとは思わず、自分が願うこと、自分が喜ぶことばかりをしてしまうのです。
しかし、そのように自分の思いを行う人で、いっぱいになっている、この世界は、喜びや幸せに満ちているでしょうか・・・むしろ、争い、痛み、孤独、虚しさ・・・幸せを求めて、自分の思うように生きることによって、本当の意味で、人は幸せになることはできません。
ある男性は、お姉ちゃん、お兄さんがいる三人兄弟の末っ子として生まれました。
実は、両親は、子どもは、2人で十分だ・・・しかし、できてしまったものは、仕方ない・・・どうせなら、女の子がいい。その願いは裏切られてしまった・・・がっかりさせられた・・・そんな話を、彼は、小さい頃から、両親に聞かされていました。

「ああ、自分は、生まれて来なければ良かった子なんだ。」 そんな思いで、自分のことも、人のことも大切にすることができない。・・・愛されたと言う感覚もなかったので、愛し方も分からない、寂しさを抱えて育ち、彼は、ヤクザになりました。

25歳になったある日、寿司屋の前で、ベンツに乗って、人を待っていると、寿司屋の中から、素敵な女性が出てきて、目が合った瞬間、「お兄さん、何やっているの」と、話しかけられました。
まさか、逆ナンか、と思い、「いや、今、人と待ち合わせしてる。」
すると、彼女は、電話番号を書いた紙を渡して、「用事が終わったら、電話ちょうだい。」

彼は、すぐに用事を終わらせ、彼女に会い、友だちになりました。
実は、彼女は、イエス様を信じて、イエス様に出会ったばっかりでした。
それで、彼女は、どう見ても、ヤクザにしか見えない、彼の姿を見て、
「あんた、こんな生き方しちゃだめ。神様が悲しむから・・・こんな生き方していたら、死ぬか、殺すか、刑務所行くか・・この3つだよ。だから、イエス様を信じなさい。」
・・・彼女は、友だちになって、いきなり、ヤクザの男に、イエス様を信じて、真面目に生きなさいと、ド直球に、言いました。

当然、彼は、「ふざけんな。神、なんていらねぇ。俺には、ボスがいる。ボスが、俺にとっての神様だ。」
しかし、その後すぐ、彼は事件を起こし、拳銃で人を撃って、懲役10年で、刑務所暮らしをすることになりました。・・・そこに、1番、最初に面会に来たのは、彼女でした。
「だから言ったでしょ。死ぬか、殺すか、刑務所に行くかだって」・・・そう言われても、彼は、ヤクザをやめるつもりは微塵もなかったので、「ああ、うるせぇ、うるせぇ」と相手にしませんでした。
しかし、彼女は、10年間、ずっと彼を支え、600通の手紙を書いて、キリストの愛を伝え続けました。
刑務所に入って6年経ったころ、彼は、ケンカや問題を起こし続けていましたが、そのとき、ふと思いました。・・・ああ、出所しても、きっと俺は、また、事件を起こし、また、長い年月、ここに入ることになるだろう。
そのような時に、それまで、6年間、文通はしていましたが、監獄法によって、会うことができなかった彼女と会えるようになりました。
実は、彼女は、彼に会いたいと願って、教会でも祈ってもらっていました。
100年間、変わることがなかった、監獄法が、彼が監獄に入って、6年目に変わったのです。
その時も、真っ先に、飛んで来たのは、彼女でした。
彼女は、興奮して言いました。「見た。これ信じられる。100年間、変わらなかった監獄法が、お祈りで変わるんだよ。神様は、今も一緒に、生きて、働いているんだよ」
彼は、「そんなのは、偶然だろう」と思いました。それまで、何度も、差し入れしてくれた聖書は、一度も読んだことがありません・・・しかし、その時、彼女は、聖書だけでなく、不良牧師アーサーホーランドの本を差し入れてくれました。それを見て、「え、牧師でも、こんな人いるんだ」と思って、ちょっと面白そうだと、読み始めました。

「お前は、愛されるために生まれた。お前の罪はもう赦されている。なぜなら、十字架にかかったイエスが、お前の罪を全部、取り除いてくれたからだ。お前は生きていていいんだ。お前は偶然に生まれた存在ではない。お前は愛されるために生まれてきた。」

幼い時から、「俺は偶然、生まれてしまった。女の子が良かったのに、男の子だったから、いらない存在。何のために生まれきたのか分からない」 そんな思いを抱えていた、彼は、
「お前は、愛されるために生まれたんだ」という言葉に、感動し、涙が止まらなくなった・・・「ああ俺みたいな奴のためにも、いのちをかけてくれる存在がいる。俺を造ってくれた存在がいる。俺は生きていてもいいんだ。ああ、神様って、本当に、いるんだ。本当に、俺を、裏切らない存在がいいてくださるんだ」

翌朝、「明日こそ、あの野郎、ぶっ飛ばしてやる」と思っていた奴らが、なぜか、不思議に愛おしく見えました。・・・「ああ、こいつらも、知らないだけで神が造られた一人一人なんだ。こいつらも神の子どもなんだ。神の家族なんだ。」・・・そう分かった瞬間、「ああ、こいつらを殴るのは、もうやめよう。もうケンカするのはやめよう。」
その日から、一度もケンカをしなくなり、模範囚になり、1000人いる刑務所の中の8人しか入ることができない、冷暖房完備の部屋、刑務所の中の天国と呼ばれる場所で、残りの四年間を過ごしました。

それで彼は、彼女に出所したら、ヤクザをやめて、真面目に生きると言いました。
しかし、いざ、出所するとき、ヤクザですと言って、刑務所に入ったのに、出て行くときに、真面目なクリスチャンが迎えに来たら、刑務所の中で、「え、あいつ、組織の人間じゃないの、なんかすごい真面目な人たちが迎え来たよ」って、言われることを、彼のプライドが許さなかった
何と彼は、組織に連絡してしまった。・・・10年間、ずっと彼を支え続け、祈り続けてくれた、彼女を裏切ってしまった。・・・そこまでしてくれた人を裏切るなら、普通は、そこで、終わりです。
しかし、彼女も、教会も、彼のために祈り続けました。
組織に戻った彼には、世界が、以前と、全く違う世界に見えました。
かつて、あんなにかっこいいと思っていた親分が、イエス様を知ってしまった彼には、かっこよく見えない、イエス様の方が全然かっこいい、もう、親分のために、いのちをかけることができなくなってしまった。
さらには、夜の街が大好きで、酒飲んで、女の子と遊んで、いい車に乗ることが、本当に面白かったのに、同じことをやっても、全然、面白くない。
何で、俺は、ずっと、こんなことをやって来たんだろう・・・それで、親分に、「やめさせてくれ」とお願いしました。普通は、大変なことになります。落とし前をつけなければならない・・・しかし、なぜか、不思議に、それから3ヶ月で、簡単に、やめることができてしまった。
現在、彼は、彼女と結婚し、神様の導きによって、献身し、神奈川県で、牧師をしながら、毎週月曜日、金曜日に、サーフビリッジで、Wave of Grace というサーフィン伝道をしています。
その働きを通して、多くの人が、主イエスを信じて、バプテスマを受けています。

皆さん、彼の人生が変えられたのは、イエス様の心を悟る恵みを受けたからです。
イエス様の心を悟ったとき、ぶっ飛ばしたいぐらい憎かった人を、神様の家族だと思うようになりました。
イエス様の心を知った時、それまで、最高にカッコイイと思っていた誰よりも、イエス様の方が、全然、かっこいいことが分かりました。
イエス様の心を知った時、それまで、最高に楽しいと思っていた、この世のどんな楽しみよりも遥かにまさる、イエス様と一緒に生きる喜びを、喜び楽しむようになりました。
・・・そのように、彼がイエス様の心を知る恵みを受けた背後には、彼のために祈り続けてくれた彼女と教会の祈りがありました。そして、みことばが、彼に、主の心を悟る恵みを与えました。

皆さん、みことばを通して、イエス様のみこころを悟る恵みを受けるとき、あなたの人生は変えられます。あなただけではなく、あなたの大切な人たちもです。
・・・あなたは、偶然生まれた存在ではありません。愛されるために生まれました。神様が、特別な目的をもって、あなたをお造りになりました。
主は言われます。
わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。だから、わたしはあなたのために、十字架でいのちを捨てた。恐れるな。わたしがあなたを買い取った。あなたはわたしのもの。わたしは、わたしの栄光のためにあなたを創造した。
あなたは、わたしの愛する子、わたしはあなたを喜ぶ。あなたは、わたしの喜びだ。

皆さん、聖書のみことばから、イエス様のみこころを悟る恵みを受け取ってください。そのために、みことばを思い巡らし、口ずさんでください。
ヨシュア記 1章8-9節
このみおしえの書をあなたの口から離さず、昼も夜もそれを口ずさめ。そのうちに記されていることすべてを守り行うためである。そのとき、あなたは自分がすることで繁栄し、そのとき、あなたは栄えるからである。
わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたが行くところどこででも、あなたの神、主があなたとともにいるのだから。

みことばを昼も夜も、思い巡らし、口ずさむなら、あなたが行くところどこででも、あなたの神、主がともにいてくださることを悟る恵みを受けます。
みことばを思い巡らすとき、主があなたを守り、導いてくださることを悟る恵みを受けます。
いつも、みことばを口ずさむとき、あなたが行くところどこででも、主と一緒にあなたも働くことができることを悟る恵みが与えられます。
みことばを思い巡らし、口ずさむ皆さんが、主のみこころを悟る恵みを豊かに受けることを主イエスの御名によって、祝福します。