【229】2024/2/25 主日礼拝 『心配を祈りに変える』 マタイの福音書<6:25~34> 斉田 基 牧師

 

25節
 ですから、わたしはあなたがたに言います。何を食べようか何を飲もうかと、自分のいのちのことで心配したり、何を着ようかと、自分のからだのことで心配したりするのはやめなさい。いのちは食べ物以上のもの、からだは着る物以上のものではありませんか。

神様は、心配するのは、やめなさいと言われました。
それは、神様が、あなたの代わりに、あなたのことを心配してくださるからです。

しかし、私たちは心配するなと言われても、心配してしまうものです。
あのことが、ああなってしまったら、どうしよう。こうならなかったら、どうしよう。・・・どんなに心配したとしても、心配することによっては、何も解決しないことは分かっているのに、なぜ、心配してしまうのでしょうか。

それは、心配している問題の解決が、分からないからです。
もし、問題を解決する方法を知っていれば、解決することに専念すればいいのですが、その解決が分からないので、何もできずに、ただ心配することしかできなくなるのです。
だからこそ、神様は、ただ心配するなと言うのではなく、その解決も教えてくださいました。
33節
 まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて、それに加えて与えられます。

神様は、私たちが、まず第一に、神様ご自身を求めるなら、それに加えて、これらすべてのものを与えてくださる・・・これらすべてのものの中に、すべての問題の解決も含まれています。

神様を信じることとは、神様があなたのことを心配してくださり、あなたの将来のために、神様が、責任をもって、すべてを解決してくださることをも信じることです。

そうは言われても、私たちは、心配してしまうものです。・・・だからこそ、大切なことは、心配しないようにすることではなく、心配してしまう以上に、神様を信じることを選ぶことです。
心配になる時こそ、神様に信頼することに心を尽くすことです。神様に信頼するとは、神様が約束されたみことばを信じて、みことばに従うことです。

ですから、もし、仕事のことで心配になるなら、心配することに時間を使うのではなく、「神様、この仕事の問題を通して、あなたの栄光を現すことができるように、どうか主よ、この職場に来てください。」と、祈り求めることに時間を使いましょう。
自分一人で心配するのではなく、「神様、どうか、このピンチな状況に、あなたの力を働かせてください。この状況においても、あなたこそ、私の神、あなただけが、私の唯一の救い主です。」と、その状況で、神様を賛美し、神様を、私の神様として、その状況にお迎えすることが大切です。
イエス様が、教えてくださった主の祈りの中にも、天にまします、我らの父よ、御名があがめられますように。御国が来ますように。とありました。
御名があがめられますようにとは、神様が賛美されますように。神様が素晴らしいお方であることが明らかにされ、神様の御名がほめたたえられますように。という祈りです。

そして、御国が来ますように、神様が来てくださいますように。どうか、神様、あなたの御名を呼び求める私たちのところに来てください。天の神様の国で、神様がしてくださっていることを、祈っている私たちの場所でも、してくださいますように、という祈りです。

もし、私たちが、心配する代わりに、イエス様を信じて、イエス様が教えてくださった主の祈りのとおりに、主を賛美し、神様のみこころが、天で行われているように、このことにも、神様のみこころが行われますようにと、祈るなら、神様は、私たちの祈りと共に働いて、素晴らしいことをしてくださるよういなります。

あるクリスチャンの証です。彼は、ある銀行の投資部門を任されていました。1日に何百億というお金を動かさなければならない仕事を任されていました。
毎週会議があって、特に銀行の業績が悪い時には、非常に難しい決断を下さなければなりませんでした。
そんな時、いつも、不安、心配、恐れが彼を襲って来ました。自分の判断一つで、取り返しのつかない失敗が起きてしまう可能性もあったからです。
そのように追い詰められそうになるときには、彼は、いつも、必ず10分間休憩を取りました。
その10分間の休憩で、彼は、トイレや自分のオフィスに籠もって、まず、5 分間賛美し、もう五分間、異言で祈って、聖霊様の力を受けて、「神様、私のこの状況に来てください」と祈ってから、 仕事に戻り、最終的な決断を下しました。

そのように、心配する代わりに、神様に信頼することを選び、まず第一に神様ご自身を求めた彼の祈りと共に神様が働いてくださり、彼は祝福されました。その結果、彼は、その投資部門のトップから、最後は銀行のトップまで任されました。

皆さん、私たちは、生きていれば、不安に襲われることはあるでしょう。仕事をしていれば、仕事のことで、家庭にいれば、家族のことで、とにかく、生きていれば、自分の決断が正しいのかどうか、不安になってしまうことがあるでしょう。
不安になること自体が悪いことではありません。ただ、一人で不安になっている、その時間を祈りに変えること大切です。・・・不安になる度に、神様に祈ることを通して、一人で不安になっている時間よりも多くの時間を、神様との二人の時間にすることが大切です。

その時に神様は、私たちの祈りと共に働いて、素晴らしい祝福を与えてくださいます。
祈っている、あなたの場所で、神様が、必要なことをしてくださいます。
あなたの心配、不安、恐れをすべて知った上で、神様が、あなたの祈りに答えて、語りかけてくださいます。
「大丈夫、わたしがあなたとともにいる。恐れるな。わたしがあなたを強くし、あなたを助け、あなたを守るから、今度は、こうしてみなさい。わたしがあなたと一緒にするから、もう一度、やってみなさい。」
神様は、必ず、あなたに必要な励ましを与えてくださいます。

神様は、私たちの弱さをご存じです。特に、神様の助けが必要な時に、必ず、必要な助けを与えてくださいます。
神様を信じて、一生懸命、祈っていたのに、なぜ、こんなことが・・・そのように、落ち込まされ、もう、神様なんていないんじゃないかと、思わされる時にも、もう一度、神様に信頼してみよう。もう一度、神様に祈り求めてみよう・・・そう思える、励まし、助けを与えてくださいます。
33節
 まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて、それに加えて与えられます。

皆さん、神様を、まず第一に求めるなら、これらのものすべてが与えられる・・・意味は、分かりますが、正直に言って、神様を、まず第一に求めることなんて、できないと思ったことはないでしょうか。・・・私は何度もあります。

神様を第一にすることは、私たちの力ではできません。神様から力を受ける必要があります。
だからこそ、主イエスは、御国が来ますようにと祈りなさいと教えてくださいました。・・・すなわち、神様、あなたの御名を呼び求めている私のところに来てください。神様、来て、私を強くしてください。あなたと一緒なら、私は、この状況においても、神様を、まず第一に求めることができます。
神様、私は、この状況においても、あなたを賛美します。神様、この状況においても、あなただけが、私の神様です。
そのように、賛美をもって、神様を私の状況にお迎えするとき、その状況が、神様の臨在に満たされ、私でも、神様を、まず第一に求めることができるようになります。

私たちが賛美をもって主をお迎えする場所に、御国が来ます。
その状況の中にあっても、あなたが主を賛美することを選び、あなたのその状況に、主の臨在があふれるとき、あなたの状況に、主が働いてくださいます。

ですから、私たちは、私たちが遣わされた家庭に、職場に、友達との関係に、主の臨在があふれて、主が働くことができるように、いつも主を賛美することを選びましょう。
そして、何よりも、心配する以上に、主よ、この場所に、来てください。と祈りましょう。
私のこの状況に来てください。主よ、この状況で、あなたの素晴らしさを現してください。と祈り求めましょう。
日本語で、心配とは、心を配ると書きます。
今、あなたの心は、何に一番使われているでしょうか。あなたの心は、どこに、一番、配られているでしょうか。一旦、他のもに心を配ることを止めて、今、この時間、神様に、心を配ることをんでください。
どんなに問題が解決してなくても、どんなに不安なことがあったとしても、10分だけ時間を取ることを選んでみてください。
その10分間を、「どうすれば神様は喜んでくださるのか、どうすれば神様を賛美することができるのか、どうすれば神様は、私と一緒に働くことができるだろうか、どうすれば、私は、もう一度、神様に信頼して、神様と一緒に働くことができだろうか」・・・神様を、まず、第一に求めて、祈ることに、心を尽くしてください。

10分だけでも、神様を、まず第一に求めることに、心を尽くすなら、その10分が、あなたの10年を変えます。

NOTHING IS IMPOSSIBLE という賛美があります。主に不可能なことは何もないという意味の賛美です。 主よ、あなたは癒し主、あなたは解放者、あなたは、私と共にいて、私を強くしてくださるから、あなたを通して、私はどんなことでもできる。 という意味の賛美です。

ある国で、一人の少年が、主イエスを信じて、この賛美が好きになり、毎日のように、その賛美を歌い続けました。
ところが、その賛美の歌う彼に、家族や周りの人たちは、こう言ったそうです。「お前は空気が読めないのか。お母さんは、今、エイズで苦しんで、もう死にそうになっている。それなのに、主は癒し主、主は解放者、主はどんなことでもできる、なんて言うのは、やめなさい。」

・・・実は、彼のお母さんは、イエス様を信じてはいなかったからです。
しかし、彼は、「いや僕は、お母さんに神様から癒しを受けて欲しいから」と言って、賛美を歌い続けました。
時には、クリスチャンと呼ばれる人たちからも、「もうちょっと、別なところで賛美した方がいいんじゃない」と言われました。しかし、それでも、彼は、やめることなく、賛美し続けました。

イエス様を信じていないお母さんに、彼は、この賛美だけは、一緒に歌おうと言って、お母さんのそばで歌い続けました。 お母さんは、イエス様を信じてはいませんでしたが、次第に、息子と一緒に、その賛美を歌い始めました。
一緒に賛美を歌うようになって、半年ぐらいたった時、彼女も、イエス様を信じてみたいと思うようになりました。そして、ついに、彼女は、イエス様を信じて、息子と一緒に賛美をするようになりました。
その時、家の中の空気が変わり始めました。母と息子が、同じ主を信じて、賛美をささげ始めたとき、その家の中に、主の臨在が臨み始めました。・・・1年後、彼女は、病院で受けた、すべての検査の結果、エイズが完全に癒されたことが分かりました。

皆さん、同じことが、あなたにも起きることを信じてください。
必要なことは、あなたがその場所で、一人で頑張ることではありません。あなたが一人で祈ることでもありません。あなたの祈りに答えて、神様が、あなたの場所に来てくださることです。

ですから、祈るとき、まず、神様を賛美し、感謝して、心を神様に向けることを選びましょう。
まず、十字架を覚えてください。・・・イエス様は、罪人であった私たちに、いのちまで与えて愛し、救ってくださいました。イエス様は、すべての賛美と感謝を受けるにふさわしいお方です。

賛美の中で、主に告白しましょう。
「主よ、あなただけが、私の神です。あなたが私のいのちも、人生も、すべてを握っておられる神です。私の代わりに、私のこと心配してくださり、平安を与えてくださる神様です。私はあなたに、信頼し、あなたを賛美します。」と、告白しましょう。

賛美の中で、祈りの中で、あなたが、一番、心を配っていること、心配していることを、誰にも言わなくてもいいので、神様にだけ告白してください。
「神様、これが心配です。どうか、この心配から、私を解放してください。」 と祈り、神様を賛美する中で、私たちの心は、変えられていきます。

祈りと賛美の中で、主の臨在が臨まれるとき、ある人は涙し、ある人は、心が燃やされるように感じます。 それは、主があなたと共におられる証拠です。

神様は目には見えません。しかし、今、神様を信じることを選ぶあなたに、見えるかたちで、心に感じるかたちで、今日、あなたの祈りと共に働いてくださいます。
ですから、今、イエス様を信じることを心で選んで、お祈りしてください。
今、しばらくの間、神様を賛美し、祈る中で、神様を体験する恵みを受けましょう。

賛美の中で、すべてを神様に渡してください。
心配するよりも、主よ、あなたを信頼することができるようにしてください。
悩むよりも、あなたを賛美できるようにしてください。
もし、今、自分では、祈ることができなくても、聖霊様が、あなたの口をとらえ、あなたの心をとらえて、祈らせてくださいます。
聖霊様が、自由にあなたに働くことに同意してください、聖霊様を歓迎し、受け入れてください。
そして、何よりもあなたを愛し、あなたと一緒に生きたいと、願っておられる神様と、私も一緒に生きたいと願ってください。

もし、あなたに傷があるなら、そのことも、神様の前に告白してください。
どんな傷でも、神様は癒してくださいます。神様を信じて、求めて、祈っていきましょう。

 

 

 

最後に、私は、この不安に立ち向かって、勝利する力が欲しい。もう一度、私の場所に、主をお迎えしたい。私の家庭に、職場に、私の状況に、主の臨在、主の栄光を現して欲しい。
そのように、飢え渇く人は、今、立ち上がって、共に祈りましょう。

 

主よ、今、あなたと共に立ち上がる者がいます。
主よ、どうか、その不安から解放し、新たに来る、不安に立ち向かう力を、今、イエス様、あなたの御名によって、与えてください。
聖霊様の臨在を、家庭に、職場に、人間関係のその場所に、不安を感じるその状況に、主よ、どうか、あなたの力強い臨在を現してください。
主が、私たちを、不安に打ち勝たせ、神様の勝利を与えてくださることを信じます。

私たちを不安、心配、恐れによって縛るサタンよ、今、主イエスの御名によって出て行け。
今、私たちも、全ての不安、否定的な思いを、主の前に下ろすことを選びましょう。
主は、不安の代わりに平安を、すべての悪いものの代わりに、良いもので満たしてくださることを感謝します。

主よ、あなたにあって、新しい1週間が、今までにない変化と祝福を受け取る1週間になることを信じます。
主よ、不安なことが起こったとしても、私たちは、それにとらわれません。
不安が来る度に、あなたに賛美します。不安が来た時こそ、あなたの臨在を求めます。
心配するよりも、賛美することができるように助けてください。
家庭で、職場で、電車で、あらゆるところで、主よ、あなたの臨在を感じて、すばらしいあなたを、賛美することができるようにしてください。

イエス様、どうか、私たちの家庭を、職場を、人間関係のその場所を、あなたの臨在で満たしてください。
イエス様にあって、素晴らしい一週間になることを信じて、感謝します。
愛する主、イエス・キリストの尊い御名によって、祝福します。