【228】2024/2/18 主日礼拝 『主のビジョン』 ヨハネの福音書<4:34~38> 斉田 基 牧師

 

8節
 あなたがたは以前は闇でしたが、今は、主にあって光となりました。光の子どもとして歩みなさい。

闇と聞くと、外側にある暗闇を思い浮かべるかもしれません。
希望がない、苦しい現実、お先真っ暗な状況など・・・しかし、聖書が言う闇とは、私たちの外側ではなく、内側の闇です・・・心が闇に覆われないようにしなさい、というのです。

たとえ、外側の現実や状況が、絶望的で、真っ暗闇であったとしても、もし、内側に希望の光が輝いているなら、その光によって、外側の闇に打ち勝つように、神様がしてくださいます。

闇は光に打ち勝たなかった。私たちは、主にあって光となりました。むしろ、外側の現実が暗くなれば、暗くなるほど、私たちは光輝き、私たちを輝かせてくださっている主が素晴らしいお方であることを証しする光の子どもとして歩むことができます。

しかし、光の子どもとして歩むことができるにも関わらず、ついつい闇の中を歩んでしまう・・・それは、外側の闇ばかりを見て、もう全てが闇のように思えてしまうからです。
しかし、そのように暗くなってしまった私たちの心に、神様は、光を灯したい。

皆さん、もし、私たちの心が、いつも悩み、苦しみ、もう希望がない、絶望だと感じてしまうなら、たとえ、外側の状況は良かったとしても、心で悩み続け、絶望で真っ暗なら、外側が、どんなに輝かしい状況であったとしても、希望を持つことができません。

現実的な豊かさ、生活の明るさだけで言うなら、日本人は、世界の99%の人よりも、明るい生活をしています。しかし、日本の若い世代の自殺率は、毎年、世界一です。それで、絶望の国、日本と呼ばれます。・・・彼らは、外側の闇にではなく、内側の闇に絶望して、自分で、自分のいのちを断ってしまうのです。

外側に、明るく、幸せな状況があっても、内側が、いつも満たされない。むなしくて、むなしくて、悩み続け、苦しみ続け、絶望してしまう人がいます。
逆に、外側が、どんなに悲惨で、不幸な状況があっても、内側から、希望と喜びがあふれ出て、周りまで、明るくする人もいます。

神様は、主にあって、私たちを光にしてくださいました。神様は、いつも、あなたの内側を、希望の光で輝かせたいと願っています。
自分の内側、自分の心を、光にするのか、闇にするのかを選ぶのは、あなたです。
何を見ることを選ぶかによって、心を光にすることもできれば、闇にすることもできるのです。

ルカ11:34-35
 からだの明かりは目です。あなたの目が健やかなら全身も明るくなりますが、目が悪いと、からだも暗くなります。
 ですから、自分のうちの光が闇にならないように気をつけなさい。

あなたの目が健やかなら全身も明るくなる・・・目が健康であること、それは、見るべきものが見えることです。・・・見るべきものとは、光です。
心の目が悪くなって、光が見えなくなるから、人生全体が暗くなります。ですから、自分のうちの光が闇にならないように、心の目で、見るべき光を、見続ける必要があります。
その光とは、イエス様と、イエス様のみことばです。

人生には、思い通りにならないことは、いくらでもあります。失望、不安、悩みなど、暗い思いが、心に入って来ることは、よくあります。

暗い思いが、心に入って来ることを止めることはできなかったとしても、その暗い思いを見続けることをやめることはできます。・・・それは、暗い思いを、思わらないように頑張ることではありません。・・・いくら、心配したくないと思っても、心配してしまうんです。
・・・ですから、闇を見ない戦いではなく、闇の中であっても、光を見ることを選ぶ、戦いをするのです・・・それは、すなわち、みことばの光を心に受入れて、みことばが約束している希望を信じることを選び続けることによって、暗い思いを追い出す、戦いです。

ある宣教師の夫婦が、オーストラリアから、パプアニューギニアに行きました。
旦那さんは、一生懸命伝道しましたが、奥さんは、環境の違いなど、様々なことで、体を壊し、精神的にも病んでしまいました。
奥さんは、このままではいけないと、どんなに祈っても、そのうつ状態から良くなりませんでした。
そんな時、彼女は、「獄中からの賛美」という本を読んで感動し、私も、パウロやシラスのように苦しみの中でも賛美し、素晴らしい神様の恵みを体験するんだと、今まで以上に、毎日、祈り、賛美しました。・・・しかし、それでも良くならなかった。

彼女の心には、いつも暗い思いが入って来ました。「もう諦めた方がいい。どんなに頑張っても、私の人生は良くならない。もう生きていても仕方がない。死んだ方がマシだ。」・・・悪魔のささやきです。
しかし、彼女は、その暗い思いではなく、みことばを信じること、そして、みことばに従うことを選びました。
「私は、みことばの光によって、この暗闇と戦う。」・・・彼女は祈り、賛美することを選びました。
その時、彼女に、ビジョンが与えられました。
賛美によって、この暗闇に打ち勝つことを通して、賛美によって人は変えられるんだと証明したい、そして、私と同じように闇に苦しんでいる、世界中の人を励ましたい。

しかし、ビジョンが与えられた後も、どんなに祈っても、賛美しても、すぐには癒されませんでした。・・・本当に、そんなことが起こるだろうか、疑い、諦めてしまいそうになる思いと、毎日、戦い続けました。
彼女は、正直に、こう祈りました。「もう自分の力では、祈ることも、賛美することもできません。主よ、どうか、あなたの聖霊様の力によって、満たしてください。 私の心は、今こう感じてしまいます。私の心はこんなにも辛いです。しかし、主よ、私は、あなたを諦めません。」
心の暗闇が、どんどん迫って来ても、みことばの希望光によって、戦い続けました。
彼女は、2年以上戦い続け、完全に癒されました。

後になって、彼女の二人の息子は、それぞれ教会を生み出しましたが、そのうちの一つの教会は、世界中で歌われる賛美を生み出すようになりました。
その賛美を通して、世界中で、毎日のように、人々が癒される奇跡が起こるようになりました。

皆さん、もし 彼女が、諦めていたなら、それは起こらなかったのです。
もし、今、あなたを失望させ、心を暗くする思いがあるなら、その思いを、みことばの光によって、追い出す、戦いをしてください。その思いではなく、心に受け入れた、みことばを思い巡らすことを、選び続ける戦いです。
みことばを通して、主が、私に直接、語りかけてくださるまで、祈り求め続ける、戦いです。

そのように、神様を信じて、祈り始めるとき、必ず、悪魔が、攻撃して来ます。
現実の問題、苦しみ、悩みなどによって、
「ほら、神様、信じたって仕方ないでしょう。 本当に、神様が助けてくれるとでも思っているの? 本当に、神様は、あなたを愛しているとでも、思っているの?」
そのように、神様を疑わせ、みことばの約束を疑わせようとします。

しかし、心に疑いの思いが入って来た時こそ、みことばを聞くことを選んでください。みことばを聞くことによって、信仰が始まります。みことばを聞くことによって、与えられる信仰によって、疑いに打ち勝つことができます。
10節
 何が主に喜ばれることなのかを吟味しなさい。

神様が喜んでくださることを、まず第一に考えてください。神様が喜ぶことを、自分の喜びとする訓練をしましょう。神様が喜んでくださるとき、自分が考えてもいなかった喜びを体験します。
神様が喜ぶことを選んでいくとき、必ず、神様が素晴らしいことをしてくださると、信じてください。
神様が喜ぶこと、とは、何でしょうか。それは、みことばに聞き従うことです。
いや、私の今の状況で、みことばに従うなんて、不可能だという、思いを、一旦、横に置いて、まず、神様、どうか、私に、直接、みことばを聞かせてくださいと、祈り求めてください。
神様が、みことばを聞かせてくださるなら、それと同時に、みことばに従う力、それも、喜んで従う力をも与えてくださいます。大切なのは、神様から直接、みことばを聞くことです。
ですから、神様が、直接、みことばを聞かせてくださるまで、祈り続ける戦いをしてください。
ただ、耳で聞くだけではなく、みことばを心に受け入れてください。
神様が、必ず、私に語りかけてくださると、信じることを選んで、みことばを思い巡らしながら、「主よ、私に分かるように、お語りください。あなたの声を聞かせてください。」 諦めずに、求め続ける、戦いをしてください。

多くの人は、戦おうともしないで、自分には、無理だと諦めてしまいます。諦めてはいけません。主の戦いは、戦うことを選び続ける限り、必ず、勝利します。戦うことを諦めてしまうことだけが、敗北です。・・・無理だという思いではなく、みことばを信じることを選んでください。
ヨハネ10章27節
わたしの羊たちはわたしの声を聞き分けます。わたしもその羊たちを知っており、彼らはわたしについて来ます。

わたしの羊たちはわたしの声を聞き分ける。私も、あなたも、必ず、主の御声を聞くことができ、さらには、主の御声に聞き従って、主についていくことができる、とみことばが約束しています。

このみことば通りのことを、聖徒たちに教えて、聖徒たちが、実際に、みことばを実践して、毎週のように、主イエスを信じて、救われる人が起こされている教会の一つが、松戸市にもあります。・・・グレイスホームです。

みことばの約束通り、主の御声を聞き分けることができると信じて、聖を読み、祈り求め、そして、聞いたみことばに従う聖徒たちの、素晴らしい証がたくさんあります。

ある婦人は、飼い犬が3歳で、緑内障になりました。
周りから聞こえて来た声は、医療費も、時間も相当かかる。犬で1軒家を失う人もいるよ。
周りからも、医者からも、マイナスなことしか聞こえて来ない。

そんなある日、彼女は、病院に行くために、車を運転していましたが、お金はどんどん減っていくし、神経はすり減っていくし、心がとても落ち込んでいました。
しかし、そんな時に、「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことに感謝しなさい」というみことばを思い出しました。・・・不思議なことが起こりました。
そっか、全てのことに感謝しなさい。それなら、感謝しようと、そう思って、車の中で、大きな声で、「神様、この病気を感謝します。この状況を感謝します」 声に出して祈りました。

その途端、不思議なぐらいに、心が変えられて、「ああ、なんとかなるわ。大丈夫」という気持ちになって、その後、病院に行くと、その医者は、いつも、お金がかかる難しい治療を要求して来ましたが、その時は、きっぱりと断わることができました。
そして、その後、教会のジョイジョイの子どもたちと、一緒にみんなで囲んで、その犬に手を置いて祈ったとき、真っ白に濁っていた目が、きれい澄んで癒されました。

また、彼女は、去年の聖会に、お友達を誘っていましたが、来れなくなって、「神様、どうしたらいいですか。私は1人では行きたくないです。誰かを誘いたいです」と祈っていた時に、
「お隣さんを誘いなさい」という声が聞こえて、
彼女の中では、「まさか来るわけがない」と思いながらも、その声に従って、誘いました。
当日、彼女は、お隣さんを誘ったことさえ忘れていましたが、何と、そのお隣さんは、なぜかお孫さんまで連れてきて、その日、2人とも救われました。

彼女は、このように話しいます。
「神様は、いつも、ささやくように語ってくださいますが、それを行う時に、必ず、神様の御心がなります。自分の思いも寄らなかったことを起こしてくださることを、感謝しています。
神様は、「これをしなさい」とか。「これをやめなさい」とか、語られますが、不思議です。神様が語られると、それに従う力も与えられます。主が語られるとき、本当にできるんです。
もっと、霊的な耳を開いてもらって、もっと、神様の声を聞きたいと願っています。

教会で教えてもらった通り、霊的なことを聞くボリュームの上げ、この世的なことを聞くボリューム下げるために、
テレビとか、この世の音楽とか、そういうのを聞くのを減らして、みことばを聞くことを増やしていったら、本当に神様が耳を開いてくださってるんだなぁということを、今、体験しています。
そのように証されていました。

皆さん、私たちの心に聞こえてくる声というものがあります。心に突き刺さる言葉、どうしても、思ってしまう思い、もうそのことについて考えたくないのに、考えてしまう考えなど、そのように、日々、自分の心に聞こえてくる声の大きさ、ボリュームを上げることもできれば、下げることもできます。

普段の生活で、何を見聞きすることを選ぶかによって、その声の大きさを変えることができます。もし、この世のことを、見聞きすることを選ぶなら、心に聞こえてくる、この世の声のボリュームが大きくなります。
また、何を思い、何を考えるかを選ぶことも、非常に大切です。
もし、暗闇の思いを思うことを選ぶなら、暗闇の声が大きく聞こえるようになります。
しかし、みことばを思い、考えることを選ぶなら、心に聞こえてくる、主の御声が大きくなってきます。

皆さん、もし、本当に主の御声を聞きたいと願うなら、今週一週間、本気で、主のみことばを聞くことを選んでください。一週間でいいので、聞いたみことばを考えること、思うことを、本気で、チャレンジしてください。
しかし、そうしたいと思っても、もうすでに心の中にある、暗闇の思いに邪魔されることがあります。 「どうせ、聞こえるわけがない」そのように、やる気を奪っていくような、否定的な考えや思いがあるなら、今、この時間に、そんな思いが、自分のうちにあることを、正直に主の前に、祈って、告白してください。
その暗闇の思いを隠すのではなく、むしろ、明るみに出すなら、主が、その暗闇を照らしてくださいます。

そのような暗闇の思いの原因は、人間関係の問題かもしれません。経済の問題、病気の問題かもしれません。あるいは、理由も分からないけど辛い、やる気が出ない、どうしても熱くなれない、生ぬるい思い、もう全部投げ出したい、何でもいいです。
その心の暗闇を、主の前に告白するなら、主が光で照らしてくださり、
「もう一度、祈り求めてみよう。もう一度、チャレンジしてみよう。」と、心から思える、希望の光を、与えてくださいます。

こんな不可能な問題、どうすれば、解決できるのか。今さら、何をしても無駄ではないか・・・そのように考えることを、一旦、やめて、みことばを信じることを選んでください。

みことばは、どんな問題であっても、全能の神様には、解決できる。どれほど傷つき、どれほど病んでいたとしても、神様は癒すことができる。どんなに壊れてしまった関係も、神様には、回復することができる。私を愛し、私のためにいのちまで与えてくださった神様は、私に必要なすべてを与えてくださる。最悪にしか見えないことでも、すべてのことを働かせて、最高のことをしてくださる。
今、この時間、主と主のみことばを信じることを選んで、主よ、どうか、みことば通りに、私にしてください。どうか、私が、みことば通り、信じて、求めることができるように、今、助けてください。と、祈り求める時間を持ちましょう。

 

今、主よ、私たちの心の暗闇が、あなたの光によって変えられたことを信じ、感謝します。
主よ、あなたこそ、まことの光です。どうか、今、私たちの心に来てください。
あなたの光で、私たちの心を照らしてください。
希望の光、信仰の光、愛の光で、私たちを輝かせてください。
今も、私たちの祈りを聞いてくださっている主、今も、私たちと共に歩んでくださっている主に、祈りと賛美をささげ続けることを選びます。
私たちが主と共に歩むのを、諦めさせようとする、サタンよ、主イエスの御名によって、今、私たちから、出て行け。
主よ、まずは、今週一週間、サタンの声でも、この世の声でも、人の声でもなく、何よりも一番に、あなたの声を聞くことを選びます。祈り求め続けます。どうか、そうすることができるように、聖霊様の力によって、私たちを強め続けてください。
そして、何よりも、主よ、あなたの御声を聞かせてください。
1週間、あなたの御声を聞くことによって、私たちの心の強め続けてください。
周りに左右されることなく、状況に左右されることなく、あなたのみことばの力によって、この心が、いつも主にある希望の光に輝くように、むしろ、現実の闇を照らしていくことができるほどに、世の光として、私たちを輝かせてください。主イエスの御名によって、祝福して、お祈りします。