【227】2024/2/11 主日礼拝 『主のビジョン』 ヨハネの福音書<4:34~38> 斉田 基 牧師

 

35節
 あなたがたは、『まだ四か月あって、それから刈り入れだ』と言ってはいませんか。しかし、あなたがたに言います。目を上げて畑を見なさい。色づいて、刈り入れるばかりになっています。

私たちが見ている現実と、神様に見えている現実は、違います。
私たちは、「いや、まだ、その時ではない。今の私には、この困難がある、この問題がある、今の私は弱く、足りなく、まだ準備ができていない。」

しかし、主は言われます。「今が時だ。今は、恵みの時、今は救いの日だ。あなたがたの時はいつでも準備ができている。」

今日の箇所において、イエス様が見ていたものと、弟子たちが見ていたものは違いました。
この時、弟子たちは、お腹を満たす食べ物を買うために、町に行って、帰って来たところでした。

それに対し、イエス様は、お腹ではなく、神様の心を満たす、まことの食べ物のために働いていました。すなわち、神様のみこころを行って、一人のサマリア人の女性を通して、このサマリアの町の多くの人を救う、神様の働きをしていました。

弟子たちが求めていたことは、自分たちの願いを叶え、自分たちの必要を満たすこと・・・
しかし、イエス様が求めていたことは、神様を喜ばせ、神様の心を満たすこと、でした。

皆さん、今日、受け取って欲しい恵みは、ただ一つです。それは、主のビジョンを受け取ること・・・それは、すなわち、神様に見えているものが、あなたにも見えるようになることです。

皆さん、質問があります。お祈りするなら、神様は聞いてくださいますか。聞いてくださいませんか。・・・聞いてくださいます。どんな祈りでも、神様は、聞いてはくださいます。
しかし、祈りが聞かれること以上に大切なことは、神様が、その祈りとともに働いてくださることです。なぜなら、神様は、あなたの祈りとともに働くことを、喜ばれるからです。
ローマ8:28
神を愛する人たち、すなわち、神のご計画にしたがって召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています。

祈りには、ただ聞かれるだけの祈りと、その祈りとともに神様が働いて、すべてを益にしてくださる祈りがあります。ですから、祈りにおいて、聞かれること以上に、その祈りとともに神様が働いてくださることが、大切です。
せっかく、祈るのであれば、神様が共に働いてくださる祈りを、祈りたいと思いませんか。
神様とともに働くために、何が必要か・・・ビジョンです。神様から、ビジョンを受け取って、神様が見ているものを、私たちも一緒に見ることが必要です。
箴言29:18
 幻がなければ、民は好き勝手にふるまう。しかし、みおしえを守る者は幸いである。

この幻と訳された言葉が、神様からのビジョンです。
幻、すなわち、ビジョンがなければ、民は好き勝手にふるまう。
同じように、ビジョンがないまま、祈るなら、私たちは、好き勝手に祈ります。つまり、的外れな祈りを祈ります。神様は、的外れな祈りと、ともに働くことはできません。

神様は、的を得た祈りと、ともに働きます。神様から、ビジョンを受け取るとき、私たちは、的を得て祈るようになります。
ビジョンを受け取り、神様に見えていたものが、私たちにも見えるようにされると、
「ああ、神様は、私のために、こんなに素晴らしい計画を立ててくださっていたなんて・・・ありがとうございます。私が計画していたことより、はるかに素晴らしい計画です。どうか、あなたのご計画通りにしてください。あなたのご計画のために、私を用いてください。どうか、私も、あなたと一緒に働かせてください。」
そのように的を得て、祈り始めるとき、神様は、私たちの祈りとともに働いて、すべてのことを益としてくださる。だからこそ、神様から、ビジョンを受け取ることが、必要です。

皆さん、神様のビジョンとは、神様だけが喜ぶためのものではありません。神様のビジョンとは、神様が、神様の喜びを、あなたと一緒に喜ぶためのゴールです。

ある牧師が、一人の聖徒から、相談を受けました。
「先生、生活が苦しくて大変なんです。給料がこうなんです。ああなんです。」
それでは、あなたは、どうしたいですか。
「生活を良くしたいです。」
それは、神様も喜ぶゴールですか。あなたが喜ぶだけではないですか。神様が喜ばれ、あなたも喜ぶゴールは何だと思いますか?
「分かりません。」
それでは、神様のみことばに従ってみてください。経済に問題があるなら、経済において、神様が命じているみことばに従って、神様に、経済をささげてみてください。

その人は、その助言に、しばらくは、従おうとしませんでしたが、後になって、心に示され、みことば通りに、神様に、ささげ始めました。・・・すると、どんどん生活が変えられて行きました。
それだけではなく、その人自身も変えられいき、今度は、困っている人のためにささげたい・・・喜んで、ささげる人になりました。

皆さん、まず、神様のビジョンを受け取ることが大切です。
「神様、仕事が大変です。助けてください。この問題を解決してください。この仕事を成功させてください。給料を上げてください。」・・・そのように、「神様、こうしてください。ああしてください。」というだけの祈りは、聞かれるだけの祈りです。
ですから、神様が、共に働く祈りを祈るためには、「神様、この大変な仕事の中で、あなたのビジョンは何ですか。あなたが私と一緒に喜びたいと願っているゴールは、神様の計画は何ですか。教えてください。」 と、祈り求めることが必要です。

皆さん、もう一度言います。 神様のビジョンは、神様だけが喜ぶためのものではありません。神様が、神様の喜びを、あなたと一緒に喜ぶためのビジョンです。
神様は、ケチなお方ではありません。むしろ、あなたを愛し、あなたを救うために、いのちまで与え、すべての恵みをあふれるばかりに与えてくださったお方です。
ですから、神様のビジョンが実現するとき、すなわち、私たちが神様の喜びを一緒に喜ぶようになるとき、少なくとも、私たちが考える倍以上の喜びがあることを、信じてください。

皆さん、仕事が苦しい時、「神様、どうかこの苦しい仕事を、何とかしてください」と祈っても、もちろんいいです。どんな祈りでも、神様は、聞いてくださるでしょう。
しかし、「神様、この仕事を通して、あなたと一緒に喜び、そして、周りの人に、あなたが素晴らしいお方であることを伝えることができる、ビジョンは何ですか。」・・・神様からビジョンを受け取って、祈るなら、神様は、あなたの祈りとともに働いて、すべてのことを益としてくださいます。

シンガポールの教会に、エリム・チウという方がいます。
彼女は、シンガポールの街角に、いつ潰れてもおかしくないような、小さな小さな、アクセサリー屋さんを持っていましたが、救われて、間もなく、神様からのビジョンを受け取りました。

そのビジョンとは、若者を、イエス様につなげるための、かけ橋になりたい。そして、その若者たちを通して、この地域を変えていきたい。
・・・神様に喜ばれる素晴らしいビジョンでは、ありましたが、彼女にとって、大きすぎるビジョンにも思えました。しかし、彼女は、それでも、そのビジョンをしっかりと握って、祈り続けました。

数年後、彼女は服を作り始め、なんとそれが、シンガポールで、一番有名な、ストリートファッションの会社として成功し、そのビジネスを通して、彼女は、多くの若者にイエス様を伝えました。
ところが、ある時、彼女が、ビジネスを大きく進めるために借りた場所が、あまりにもレンタル費が高く、もうこれ以上、ビジネスを続けることができない状況に陥りました。
周りの人たちはみな、「せっかく成功していたのに、残念だね」と言いました。
しかし、彼女は、失望しませんでした。なぜですか?・・・彼女のビジョンは、ビジネスの成功ではなく、若者をイエス様につなげることだったからです。
ビジネスが失敗しようが、成功しようが、神様が、彼女に与えられたビジョンは、揺り動かされなかった。揺り動かされないビジョンを見つめていた彼女も、揺り動かされなかった。

しかし、感謝なことに、結果的に、神様は、彼女のビジネスも守ってくださいました。
しかし、せっかく守ってくださったにもかかわらず、神様は、そのビジネスを彼女に手放すように示されました。・・・それで、彼女は、神様に従って、そのビジネスを、ある人に売り渡しました。

それから間もなく、シンガポール政府が、彼女のビジネスの成功を見て、若者の活性化と、若者を通しての地域の活性化のための政府の機関の顧問として、彼女に働きを任せたい・・・皆さん、もし、ビジネスを続けていたなら、彼女は、その働きを引き受けることができませんでした。

そのように、神様のビジョンを持って祈り続けた結果、彼女は、国全体を変える顧問の働きに用いられるようになりました。その後も、彼女は、ビジョンをもって、祈り続けました。
すると、ある時、韓国のクリスチャンと、ご飯を食べた時に、これだと示されました。
それで、彼女は、今度は、韓国料理を通して、若者が集まることができるレストランを作り、その店を、お姉さんに任せました。・・・そのように彼女は、今も、主のビジョンをもって祈り続け、主は彼女の祈りと共に働いてくださっています。

皆さん、彼女は、成功していた彼女の仕事が、失敗した時も、落ち込みませんでした。彼女には、主のビジョンがあったからです。主のビジョンがあったからこそ彼女は、何かで失敗しても、失望することなく、神様の希望をもって、次の働きに向かうことができました。

皆さん、私たちも、主からビジョンを受け取るとき、人生が変えられていきます。主のビジョンを持って祈り続けるとき、主が、私たちの祈りとともに働いてくださり、すべてのことを益としてくださいます。・・・ですから、主からのビジョンを祈り求めましょう。

今年の年間聖句 『目を上げて畑を見なさい。』 これは、目を上げて、主が見ているものを、主と一緒に見なさい。すなわち、主からビジョンを受け取りなさいという意味です。

それぞれの教会には、その地域を、神様の祝福によって祝福するというビジョンが与えられています。・・・地域の人たちが、神様に祝福され、神様が素晴らしいことを体験し、神様をあがめるようになるというビジョンです。

教会に来る人々が、イエス様によって人生が変えられ、それぞれの家庭、職場、学校など、遣わされた地域を、イエス様と、ともに働いて、祝福する・・・それを見て、周りの人々が、
「私も、この人たちのようになりたい。イエス様を信じて、この人たちのようになるなら、私もイエス様を信じたい」  ・・・そのように、イエス様に変えられ、イエス様と一緒に働いて、地域を祝福する人々が集まる教会というビジョンです。

皆さん、今、教会に集められたあなたも、今、画面の向こう側におられるあなたも、そのビジョンのために、神様が、あなたを選ばれていることを、信じてください。

私たちは、人から言われてではなく、自分から祈り求めて、神様から、直接、ビジョンを受け取る必要があります。どうすれば、神様からビジョンを受け取ることができるでしょうか。
箴言29:18
幻がなければ、民は好き勝手にふるまう。しかし、みおしえを守る者は幸いである。

幻、すなわち、ビジョンがなければ、好き勝手にふるまう。しかし、みおしえを守る者は幸いである・・・みおしえ、すなわち、聖書の神様のことばを守る者・・・神様のことばを守る者は、ビジョンを受け取ります。

皆さん、今日の箇所においても、弟子たちには、神様のビジョンが見えていませんでしたが、イエス様には見えていました。その理由は、イエス様がいつも、神様のみこころを行うために、神様のみことばを守っていたからです。
34節
イエスは彼らに言われた。「わたしの食べ物とは、わたしを遣わされた方のみこころを行い、そのわざを成し遂げることです。

神のみこころを行うために、すなわち、神様が喜ぶことのために、みことばを守り行いたい、そのように祈り求める人に、神様は、神様が見ているものを、その人にも見えるようにしてくださる。

ただみことばを行うのではなく、神様が喜ぶことのために、みことばを行うことが大切です。
・・・なぜなら、神様ではなく、自分が喜ぶことのために、みことばを利用することだって、できるからです。・・・パリサイ人も、サタンも、自分の目的のために、みことばを利用しました。
私たちは、みことばを利用する者ではなく、みことばに従う者です。神を利用する者ではなく、神に従う者です。

私の思い通りにするよりも、神様のみこころに従う方が、遥かに素晴らしい結果が与えられます。私の考えを越えた神様の喜びを、神様と一緒に喜ぶことができるのです。
ですから、神様のみこころに従って、神様と一緒に喜ぶために、私の今の生活の中で、具体的に、どのように、みことばに従えばいいのか、教えてくださいと、主に祈り求めましょう。

小さなことからでいいので、具体的に祈り求めてください。 「神様、今の私の生活の中で、私が、どのようにみことばに従うことを、あなたは喜んでくださいますか。神様、どうか、私でも分かるように、具体的に教えてください」と、祈ってみてください。

ある兄弟は、小グループの分かち合いの中で、
「先生、私は、救われても、ほとんど何も変わっていません。大したことは、何もできませんでした。」・・・その他にも、彼は、いろんなことで落ち込んでいました。
それで、牧師は、「この数年、神様のために、何をしてきたかを、少し振り返ってみて」

すると、彼は、「私は1つのことだけ頑張りました。でも、それは、本当に大したことではありません。ただ、会社の中で、必ず、日曜日を休み、教会に来ると、決めていたことです。」
それで、牧師は、「それは、素晴らしいことだ」と言って、彼を、励ましました。

実は、彼の会社は、かなりブラックで、彼のように管理職になった人はみんな、休みが取れなくなって、やめていくそうです。・・・彼は、そこに、ビジョンを見出しました。
それは、クリスチャンとして、日曜日の礼拝を大切にして、教会に来ること・・・たとえ、社長に何を言われたとしても、神様を第一にして、毎週、教会に来、続ける、その会社において、初めての管理職になる、というビジョンでした。・・・彼が、そのビジョンを持つようになって、最近、周りの人たちの目が変わってきたそうです。・・・「あれっ、何で、あの人、休み、取れんの、しかも、やめないし。」

皆さん、小さなビジョンかもしれません。しかし、その小さなビジョンが、少なくとも彼自身の心を変え、そして、生き方を変えました。
落ち込んでいた彼は、ビジョンを見出すことによって、希望と喜びをもって、主と共に生きるようになったのです。
神様からのビジョンを持って、祈り続けるなら、必ず、素晴らしい豊かな実が、彼に結ばれ続けることを、信じます。

今、この時間、私たちも、主からのビジョンを求めて、祈りましょう。
神様と一緒に、あなたが喜ぶビジョンです。
家庭のことであれ、仕事のことであれ、経済のことであれ、人間関係のことであれ、そのビジョンを、私に分かるように、具体的に、教えてください。と、祈り求めましょう。

今、しばらくの間、共に祈りましょう。